天狗党千百数十人は追討軍の夜襲を気にしながらも、和田宿で久しぶりに
疲れをいやすことができた。
宿場の人々が天狗党に対して好意的な態度で接してくれたからであった。
しかし、天狗党にとってはこの先の和田峠越えが心配であった。
すでに松本藩が峠を越えた桶橋村で諏訪勢と合流しており、その際
諏訪より手伝いを出して、松本軍の陣替えを済ませた・・・・
(天狗党追録 室伏勇著より)
疲れをいやすことができた。
宿場の人々が天狗党に対して好意的な態度で接してくれたからであった。
しかし、天狗党にとってはこの先の和田峠越えが心配であった。
すでに松本藩が峠を越えた桶橋村で諏訪勢と合流しており、その際
諏訪より手伝いを出して、松本軍の陣替えを済ませた・・・・
(天狗党追録 室伏勇著より)
和田宿本陣

天狗党総大将 武田耕雲斎はこの本陣長井家に宿泊。
三年前の文久元年に「和宮」が宿泊したという上段の間をすすめられたが、
耕雲斎は恐れ多いということで違う部屋に宿泊したそうです。
三年前の文久元年に「和宮」が宿泊したという上段の間をすすめられたが、
耕雲斎は恐れ多いということで違う部屋に宿泊したそうです。

場所:長野県小県郡長和町(地図)