なうで紹介しましたが、しょこたんがいじめ問題についてブログに書いていました
とても共感したのでよかったら皆さんも読んでみてください
いじめを隠蔽する学校側に憤りを感じる
人ひとりの命がなくなったという事実があるのになぜ隠そうとするのか
責任を持って事実解明をするのが筋ではないだろうか
いじめた人もなぜいじめたことを認めないのだろう
人ひとりの命の重みを軽視しているとしか思えない
それとも事の大きさに今更怖気づいて保身をはかっているのだろうか
何もかも遅いのだ
死んでしまってからでは遅すぎるのだ
なぜもっと早くに対処してあげなかったのか
なぜ自分の行いの間違いに気づいて止めることができなかったのか
なぜ死んでしまったのか
そもそもなぜ死に追い詰められたのか
周りの人間の責任だ
もちろん、一番罪を問われるのは死に至らしめた加害者である
けれど、周りの人間がとめていればそうはならなかった
いじめられている子を見て見ぬふりをせず、みんなの輪に入れてあげれば一人ぼっちにされていじめの標的にされずに済んだのだ
いじめる側も大人数の中の一人にわざわざ手は出さないだろう
いじめにあっている子は親に心配をかけたくないという理由からひたすら自分一人で抱え込んでしまう
だから教師に助けを求められないのである
教師に助けを求めたらいじめがエスカレートする恐れもあるからだ
だからこそいじめを止めるためには周りの同級生がクラスメイトが助けてあげるのが一番なのだ
『いじめを見て見ぬふりをするのも立派ないじめだ』
とは本当にその通りだと思う
何もせずに見て見ぬふりをしないでほしい
でないと必ず後悔する時が来るだろう
今現在いじめられている子もどうか自殺だけは思いとどまってほしい
いままでどれほどの若い命がいじめによって自ら命を絶っているか
そしてその事実が隠されなかったかのように時が過ぎて行っているか
死んでも何も変わらないのだ
死んでしまっては何も変わらないし始まらないのだ
親に心配をかけたくないならなおさら相談するべきなのだ
学校という小さくて大きな世界が全てではない
みんな卒業したら全く別々の道を歩んでいくのだ
学校なんて人生において本当に短い通過点に過ぎない
まだスタート地点にさえ立っていないのだから
いじめる人はひとの痛みを知らないかわいそうな人なのだ
痛みを知っている君たちならきっと素敵な未来が待ってる
今とてもつらいかもしれないけれど命まで捨ててはいけない
どうか周りに助けを求める勇気を持ってほしい




