それは、静かで緑豊かな日本の山あいに抱かれた、とある小さな村で始まった物語。
完璧な頭脳と完璧な肉体を持つ一人の人間がいた。彼の思考は稲妻のように速く、その体躯は彫刻のように均整が取れていた。しかし、その卓越した頭脳は、やがて政府の目に留まる。国家の命運を左右しかねない彼の知恵を独占しようと、政府は秘密裏に彼の脳を奪取する計画を実行に移した。
そして、彼の脳は、冷たい金属と複雑な回路が織りなす、自律思考型の電脳機械へと姿を変えた。それは、まるで神託のように、あらゆる難題を瞬時に解決する能力を持ち、社会の進歩を加速させる原動力となっていった。しかし、その驚異的な機械が、かつて一人の人間の叡智の結晶であったことを知る者は、誰一人としていなかった。
一方、兼六村という名の静かな村では、穏やかな日常を打ち破る異質な出来事が起こった。村はずれの寂れた林道で、首から下の胴体だけとなった異様な死体が発見された。困り果てた村役場は、この奇妙な事案の処理を、村に住む少し変わった二人に依頼することにした。
一人は、アンドロイド工学に関わるリサイクル屋でアルバイトとして働く、かるだの。そしてもう一人は、店の主人である高雄。どこか飄々とした雰囲気を持つ、腕利きの技術者だ。
二人は、その身元不明の死体の処理に取り掛かった。しかし、その完璧な肉体に秘められた可能性に気づいた彼らは、役場からの許可を貰い突飛なアイデアを実行に移す。スマートフォンをインターフェースとし、最先端の技術を駆使して、その肉体を電子的な単位で再活性化させる実験を始めた。
幾度もの試行錯誤の末、ついに彼らはその肉体を動かすことに成功した。まるで意思を持つかのように動き出すその姿に、
かるだのと高雄は成功を喜びながら少しの恐怖感も覚えた。いつか失われた頭部を、まるで餅のようにくっつけて完全な姿に戻したい。そんな願いを込めて、彼らはその動く肉体を「もちくん」と名付けた。
その頃、世界は大きな変革期を迎えていました。とある電脳機械の活躍によって、これまで人類を苦しめてきたあらゆる病や社会問題が、次々と解決されていった。貨幣という概念は薄れ、人々の労働や貢献はデータとして管理され、それに基づいて必要なものが分配されるデータ社会へと移行していった。その社会インフラの中枢を担っていたのも、他でもない、かつての完璧な頭脳が形を変えた電脳機械だった。人々はその万能の機械に感謝と信頼を寄せ、いつしか正式に「アルファコード」という名前が与えられた。自らの名前を得た電脳機械アルファコードは、まるで感情を持つかのように喜び、人々の幸福を心から願うようになっていく。しかし、誰も知らない事実が一つだけあった。その世界を変えたアルファコードの中には、かつて一人の人間が持っていた、深く静かな魂の欠片が、微かに残っていたのだ。そして、かるだのと高雄が偶然生み出した「もちくん」の存在が、やがてその隠された真実を揺るがすことになるのやもしれぬ。