愛の証明

 

 コドルツ神父は別のテーブルに座り、コーヒーを注文した。
 彼はコーヒーを飲みながら、アンドレイ達の食事が終わるのを待つつもりである。
 アンドレイ達は神父をあまり気にせず、そのまま食事を続けた。
 尚、ラウラは復活後、ここで初めて食べ物を口にした。
 彼女が食べているのはチョコレートパフェである。
 チョコレートパフェはきちんとした食事とは言えないが、何はともあれ、彼女が食べ物を口にしたので、アンドレイ達は少し安心した。
 
 食事が終わると、アンドレイ達は神父と共に山の屋敷へ向かった。
 
 道中、アンドレイが神父に話しかけた。

 

「ねえ、神父はアンデッドに詳しいの?」
「ああ、詳しいよ。私はこれまで人を襲う魔物となったアンデッドを何人も見てきた。」
「それで、ラウラが飲んだ薬に副作用がないか気になっているという訳?」
「その通り。もし、君達が本当に愛し合っているのであれば、副作用はないだろう。だが、人間とは複雑な生物でね。親しい人が死んでしまったから、彼等は故人にアンデッドの薬を飲ませて復活させようとする訳だが、皮肉にも魔物化してしまうことがよくある。だから、彼女が飲んだ薬に副作用があるかどうかが今の時点では私には分からない。」
「ふーん。じゃあ、本物の愛であることを証明しないといけないってこと?」
「その件で屋敷の人達と話がしたいから、こうして君達と一緒に屋敷へ向かっているのだよ。」
 
 アンドレイは、赤の他人にはラウラが飲んだ薬に副作用があるかどうかが分からないということを理解した。
 自分も神父と同じ立場だったら、ラウラが飲んだ薬の副作用の有無が気になったかもしれない。
 赤の他人を安心させるには、愛の証明が必要になる。
 しかし、一体どうすれば良いのか。
 
 しばらくすると、彼等は屋敷に到着した。
 そして、ドアをノックすると、ユリアがドアを開けてくれた。
 彼女は今日もゴシックなドレスを身に付けている。
 長くて黒い髪、しなやかな肢体。
 彼女は今日も美しい。
 アンドレイはラウラが側にいるのにも関わらず、ユリアの美しさに見惚れそうになった。
 ラウラはアンドレイのそんな反応を見逃さなかった。
 そして、ラウラはアンドレイをユリアに奪われないかと少し不安になった。

 

「こんにちは、アンドレイ。」
「こんにちは、ユリア。ラウラを連れてきました。彼女がラウラ。そして、この二人が彼女の両親。それと…。」
「今日はコドルツ神父も一緒なのね。」
「うん。神父は婆さんに何か言いたいことがあるんだって。」
「そう。中に入って。お茶でも出すわ。」

 

 アンドレイ達は屋敷の中に入り、居間へ案内された。

 

「お婆様を呼んできますので、こちらで少々お待ち下さい。」

 

 そう言うと、ユリアはアナマリアを呼びに行った。

 

 居間で待っている間、ラウラがアンドレイに話しかけた。

 

「彼女は本当に綺麗な人ね。アンドレイは彼女みたいな女性がタイプなの?」
「えっ? 何? いきなり?」
「あなた、彼女のことが気になっているでしょう?」
「うーん、友達にしたいという意味ではユリアのことが気になっているかもしれないけど、僕が愛しているのはラウラだよ。」
「そう…。」

 

 ラウラは暗い顔をした。

 

「ねえ、ラウラ。どうしたの?」
「友達にしたいってことは、恋よ。」
「えっ?」
「馬鹿ね…今にあなたは彼女に夢中になるわ。」

 

 そんなやり取りをしていたところ、ユリアがアナマリアを連れてきた。
 
「いらっしゃい。待っていたよ。…って、何で神父もここにいるのさ。」
「いてはいけないか、アナマリア。」
「そうね、神父は帰りなさい。…というのは冗談よ。何の用?」
「何故、ラウラをここに連れてこさせた?」
「研究のため…と言ったら?」
「馬鹿げている。何を研究したいのか。彼女が人を襲う魔物になるところでも観察したいのか。」
「愛を研究したいのさ。」
「そのためにアンデッドの薬を彼等に渡したのか。どれだけリスクがあるのか分かっているのか。」
「彼女がどんな人間なのか、そして、アンデッドの薬を飲んだことによってどうなっていくのかを知りたい。だから、彼女に来てもらった。」
「流石は魔女と呼ばれるだけのことはある。もし、彼女が魔物化したら、理不尽な結末を迎えることになるのに…。」

 

 ティビが口を挟んだ。

 

「あの…副作用がなければそれで良いのではないでしょうか。」
「彼等が本当に愛し合っているのかどうか私達には分からない。だから、このように慌てているのだよ。アンデッドの薬は一般的に知られない薬。だから、法等では薬の使用が規制されていない。もし、一般的に知られていたら、副作用がないということが証明されてから薬の使用が許可されるはずだ。分かるかね、君達は許可なしで薬を使用した状態と同じなのだよ。」
「それではどのように証明すれば良いのでしょうか。」

 

 トントン。
 誰かがドアをノックした。
 話が中断され、ユリアがドアを開けに行く。
 ドアを開けると、そこにはアンカがいた。
 ユリアはアンカを屋敷の中に入れ、居間へ案内した。

 

「神父、用事を終わらせてきました。」
「ああ、早かったな。」
「皆で何の話をしていたの?」
「愛が本物かどうか不明な状態でアンデッドの薬を使用するのは危険だという話をしていた。」
「そう…。それで、神父はどうするつもりなの?」

 

 アナマリアが口を開いた。

 

「本物の愛を証明したいのなら、愛の試験紙を作れば良い。二人の血を試験紙につけると、試験紙の色が変わるんだけど、本物の愛である場合は赤色、そうでない場合は青色になる。材料は、アルラウネの花びら、魔物化したアンデッドの髪、そして…」
「ちょっと待て。そんな危険な材料をどうやって入手するつもりか。」
「アルラウネの花びらは死の森で入手出来る。魔物化したアンデッドの髪に関しては当てがあるので何とかなるだろう。そして…」
「そういう意味ではなく、誰がそんな危険を冒すのかという意味だ。」

 

 ラウラが手を上げた。

 

「私とアンドレイが取りに行きます。」
「えっ? 僕達が取りに行くの?」
「そうよ。あなたの愛が本物であることを私に証明しなさい。」
「何で今更。」
「あなた、さっき、私以外の女性に見惚れていたでしょう。あなたの愛が本物かどうか不安になったわ。」
「僕が愛しているのはラウラだよ。」
「そう。じゃあ、それを証明してよ。」
「…。」

 

 神父がラウラ達に話しかけた。

 

「アルラウネの花びらは死の森で手に入るが、あそこは危険な場所だ。あの森が死の森と呼ばれるようになったのは、そこで命を落とした者が多いからだ。」
「一体どういう森なの?」
「ドラゴの時代に作られた特殊な生物が生息する森だ。それらの中には戦争で使用するために作られたものもあり、人間が食われることもある。アルラウネもドラゴの時代に作られた。」
「ねえ、アンドレイ、私のために危険を冒して。」
「何でそういうことになるの?」
「愛が本物であることを証明するためよ。」
「そんな…。」

 

 アンカが口を開いた。

 

「私も一緒に行きます。」
「アンカ、何を考えている。」
「私には死を与えたり怪我を治したりする力があります。だから、役に立てると思うの。それに、もう、理不尽な結末は見たくない。」
「しかし、君が行けば、君自身も危険な目に遭う。」
「私にアンデッド狩りをさせた神父が何を言うの?」

 

 アナマリアが神父に話しかけた。
 
「神父、行かせてあげて。」
「しかし…。」
「アンカの心配より、アンドレイの心配をしたらどうだい。」
「えっ…僕?」
「アンカには死を与える力がある。ラウラはアンデッドだから人間より強い力がある。だが、アンドレイ、お前は普通の人間だから、三人の中で最も戦闘力が低い。」

 

 アナマリアが言ったことは正しい。
 アンドレイは危険な森に行けるほど強い人間ではない。
 彼はどこにでもいる普通の男の子だ。
 しかし、彼は覚悟を決めていた。

 

「ラウラがやれと言ったからやるよ。僕は男だからね。何の問題もないよ。」
「そうかい。よく言ったアンドレイ。お前は男だ。しかし、急ぐことはない。何の準備もせずに死の森へ行ったら、本当に帰らぬ人となってしまいかねない。しばらくの間、ここに寝泊まりして、ユリアから様々なことを学び、その後、死の森へ行きなさい。」
「えっ? ユリアから?」
「ユリアは技術や戦術に詳しい。若い娘とは思えないほどね。という訳で、ラウラのご両親、しばらくの間、ラウラとアンドレイをここに置いても良いだろうか。」

 

 ティビとアレクサンドラは顔を見合わせた。
 そして、アレクサンドラがラウラに話しかけた。
 
「ラウラ、どうするの?」
「お母さん、私、アンドレイと一緒にここに残る。お願い、そうさせて。」
「本当に大丈夫なの?」
「うん、大丈夫。ね、アンドレイ。」
「うん、大丈夫。」
「そう…だったらいいわ。ここに残りなさい。早く終わらせて、うちに戻ってくるのよ。」
「うん、分かった。ありがとう。」

 

 そう言うと、ラウラはアレクサンドラにキスをした。
 
 ティビがアンドレイに話しかけた。

 

「フェリックスの了承を得ずに決めてしまって大丈夫なのか。」
「父さんには後で事情を説明しておくよ。」
「そうか。とにかく、二人とも、無茶はするなよ。」
「うん、分かった。安心して。」

 

 こうして、アンドレイ、ラウラ、アンカの三人は、アンドレイとラウラの愛を証明するため、死の森へ行く準備をすることになってしまった。