アンデッドの薬

 

 ユリアの祖母がアンデッドの薬を調合している間、フェリックスとアンドレイは屋敷の周りを散策していた。
 屋敷の周りには、これまで見たことのない花が幾つも植えられており、彼等は別の世界に迷い込んだかのような感覚を覚えた。
 彼等がここに来たのはラウラを生き返らせるためであったが、少々予定が変わり、ラウラをアンデッドにすることになった。
 しかし、それで目的は達成出来る。
 死んでいるとはいえ、ラウラが生前と同じように動き、笑うのであれば、彼女の両親から深い悲しみが消え、彼女の家族は再び幸せな生活を送ることが出来る。
 しかし、死者と親しい関係にあった人間の血が含まれていないアンデッドの薬には、死者がアンデッドになった後、3年以内に人を食べる魔物に変化させてしまうという副作用があるため、その点については注意を払う必要がある。
 今回は、ラウラと親しかったアンドレイの血がアンデッドの薬に含まれるので、副作用はないはずである。
 だが、万一、副作用があったらどうするか。
 その時は、誰かがラウラを再び眠りにつかせてあげないといけない。
 いずれにせよ、ラウラをアンデッドにしなければ、彼女の家族は救われないのだから、やるしかない。

 

「父さん、ラウラの父さんと母さんにはアンデッドの薬のことをきちんと説明するつもりなの?」
「ああ、説明するつもりでいる。」
「今回は副作用のない薬を作ってもらえる訳だから、副作用の話はしなくても良いんじゃない?」
「お前はアンデッドの薬のことをどれだけ知っている? 副作用は絶対にないと言い切れるか?」
「僕の血が使われているから大丈夫でしょう。」
「楽観的だな。」
「父さんが慎重過ぎるだけだよ。」

 

 アンドレイには迷いがなかった。
 彼は何としてでもラウラを復活させたいと思っていた。
 彼女の容体が悪化した後、彼は彼女とある約束をしていた。
 治ったら、一緒にショッピングセンターへ行くという約束である。
 ショッピングセンター3階には映画館があり、当時、彼女が見たがっていた映画が上映されていた。
 二人は、映画を見たりカフェでデザートを食べたりする計画を立てていた。
 しかし、彼女の容体が回復しなかったため、計画を実行に移すことが出来なかった。
 彼は彼女との約束を守りたかった。
 
 散策中、アンドレイはラウラのことばかり考えていた。
 彼の中で彼女を復活させたいという気持ちがどんどん大きくなっていく。

 

「父さん、そろそろ薬が出来る頃なんじゃない? 屋敷に入ってみようよ。」
「落ち着け。焦っても仕方がない。こういう時は冷静でいる方が良い。もう少しこの辺を歩いて景色を楽しもう。そうしているうちに気分が落ち着き始めるだろう。」

 

 彼等は30分ほど散策を行った。
 その後、ユリアが屋敷から出てきた。
 薬が出来たから屋敷に入るようにと彼女から言われ、彼等は薬を受け取りに行った。

 

 屋敷に入ると、そこには2本の小さな瓶を持ったユリアの祖母がいた。
 瓶の中には赤い液体が入っている。
 
「念のため、薬は2本作っておいたよ。1本は予備として持っておきなさい。」

 

 ユリアの祖母はそう言うと、アンドレイに薬を渡した。

 

「いいかい、薬にはお前さんの血が含まれているから、2本ともお前さんが管理しなければいけない。」
「管理だなんて、そんな大げさな…。」
「実は、この薬は死んだ人間だけではなく、生きた人間に対しても効果を発揮する。もし、お前さんと親しくない人間がこれを飲んでしまえば、そいつはいずれ魔物となって人間を襲い始める。」
「そんな物騒なもの、予備なんて作らないでよ…。」
「まあ、そう言わず、2本とも持って行きなさい。1本余ったら、お前さんが薬を飲んでも良いのだから。」
「はあ? 何で僕がこの薬を飲まないといけないの?」
「ほっほっほ。色々な使い道があるということよ。ちなみに、お前さんが飲んでも魔物にはならんよ。アンデッドにはなるがね。」
「いや、だから、何で僕がアンデッドにならないといけないの?」
「余った薬をどうするかは自分で考えなさい。」

 

 何故、自分で薬を飲まないといけないのかアンドレイには理解出来なかった。
 しかし、フェリックスには何となく理解出来た。
 ラウラだけアンデッドになってしまえば、彼女は孤立しかねない。
 彼女は永遠に15歳のままだが、アンドレイは歳を取る。
 ということは、やがてアンドレイは老死し、ラウラは一人取り残されることになる。
 もし、ラウラと一緒に永遠に過ごす覚悟がアンドレイにあるのなら、彼が薬を飲む日がやってくるかもしれない。

 

 フェリックスは財布を取り出し、ユリアの祖母に話しかけた。

 

「色々とありがとう御座いました。薬の料金はおいくらでしょうか。」
「金はいらんよ。」
「そんなこと言わず、幾らか受け取って下さい。」
「そうだな…では、こういうのはどうだろう。例の女の子に薬を飲ませたら、一度その子をここに連れてきなさい。」
「それに関しては問題ないと思いますが、何故、彼女をここに連れてこさせたいのですか。」
「研究のためにその子を観察したい。なに、別に変なことはせんよ。彼女にここで普通に過ごしてもらい、私はその様子を見るだけ。」
「分かりました。では、彼女に薬を飲ませた後、一度彼女をここに連れてきます。」
「楽しみにしているよ。」
「では、そろそろ私達はブクラットへ戻ります。色々とありがとう御座いました。」

 

 フェリックスとアンドレイは、ユリア、そしてユリアの祖母と握手を交わし、屋敷を出てブクラットへ向かった。