お久しぶりです。
4月から再度大学生として、日々インプットに忙しい毎日を送っています。
でもたまには感じていることをアウトプットしないと、重要な気づきや思いが通り過ぎてなくなってしまうような感覚に陥ってしまうので、今日は少し自己開示し、アウトプットさせていただこうと思います。
小学校1年生の息子の話です。
お兄ちゃんは中学1年生なので、ずいぶん歳の差ある兄弟です。
長男の時もそうですが、生まれる時期は決まって、夫婦にとって人生の重要な局面を迎える時期でした。
まるで私たち夫婦を助けに来てくれたような、そんな意思をもって生まれてきてくれたように感じます。
さて、次男の話ですが、彼は妻のお腹の中にいる頃から「はっぴーちゃん」と呼ばれていました。
それは、妻が見知らぬ我が子の夢を見て、その夢の中では「はっぴーちゃん」と呼んでいたからです。
まだ妊娠する前の話だったと思うので、とても不思議なのことなのですが、妊娠が確認されたのは、それから間もなくでした。
なのでお腹の中にいた頃から「はっぴーちゃん」と話しかけていました。
生まれてからも、たまに「はっぴーちゃん」って呼ぶと、振り返って返事もしてましたね。(自覚あり?)
幼児の頃は、たまたま掴んだクローバーが四つ葉だったり、こびと?が見えたり、不思議ちゃんでしたが、そんな力はもうないにしても、個性的なのは今も変わりありません。
そんな息子も小学生、私は常々感じていることがあります。
この子の個性が障がいになるかどうか。
(思い当たること)
1、絶え間ない、一方的なおしゃべり。自分の興味関心ばかり話す。
2、興味関心が個性的。植物を育てることや1人遊びに夢中。
3、人の意図や感情を読み取りづらい。
4、字が逆になる。服が未だ前後ろ反対になる。
5、妙に眩しがる。匂いに敏感(豚骨ラーメンの美味しい店に入れないと泣きじゃくった)。
6、小学校に入って間もなく、とっても小さい彼は、同級生たちに囲まれいじめられたらしい。先生がみつけ、それはいけないことだと同級生たちに伝えてくれたらしく、それ以来ないらしい。でも、本人はまったくそんなことに臆することなく、学校に通っている。(鈍感?)
7、成績は普通かな。理解も今のところできているようで苦手意識もない。なんせ、はっぴーちゃん、どんな時でも幸せ~、幸せ~ってのが口癖だからな(笑)。
そんな感性を育めるよう、小さな幸せ探しをすることが、当時何もない私が父として、息子にしてあげられる唯一のことと感じてたからな。生きる力として。
8、友だちの多くは女の子。「はやとくん、やさしいから・・・」て理由で好かれるらしい。でも自分から友だち探す気はないと思われる。来る子拒まず。一人で平気。
9、やったことをやってないと言い張る(忘れているのか?)
等々・・・
幼稚園の頃から活発に友だちと交流してた長男とは、まったく違った育ち方をしています。
本人が楽しく過ごせるなら、そんなことはどうでもいいと思いますが、社会や周りが受け入れてくれず、つらい思いをする人が多いのも現実だからと、我が子を冷静に見守っています。
ここ数年「発達凸凹(デコボコ)」という言葉が使われはじめました。
発達凸凹とは、認知(知覚・理解・記憶・推論・問題解決などの知的活動)の能力の高い部分と低い部分の差が大きい人のことを言い、この発達凸凹に適応障がいが加わることによって、狭義の発達障がいとなります。(参考:『発達障害のいま』杉本登志郎(講談社)他)
子どもの頃に発達の凸凹を見過ごされて大人になった人たちは、これまで周りの理解を得られなかったり、否定や失敗といった経験を積み重ね現在に至っています。
そして、自尊心の低下などにより二次的に発症する併発症など、様々な問題を抱えるのです。
人の話や指示が聞けない、場の空気が読めない、優先順が守れない、期限が守れない、片づけられない、等、主にコミュニケーションで苦労する人が多く、きっと仕事をする上では人の何倍もの苦労があると思います。
それでも受け入れてもらえず、どうして自分はうまくできないんだろうと自分を責め、中にはうつ病その他などの精神の病を患う人もいます。
私の働く事業所でも、利用者として、発達障がいを認定されている人が何人かいます。
今は明るい利用者も、昔の話をすれば涙も出ます。とても笑える状態じゃなかった時が何年もあったと言います。
でもあんな明るく楽しそうな表情を見せるんだよなぁ。これが本来の姿だよなぁ。と、いつも思います。
何が言いたいかと言えば、それは、今のこの社会が、どんな人でも生きやすい社会ではないんだ!ということ。これは社会の問題なんだってことです。
やる気がないんじゃないんです。人の話を無視しているわけではないんです。悪気があって人を傷つけることを言ったんじゃないんです。忘れたくて忘れたんじゃないんです。ガマンが足りないんじゃなく、もともとストレスの多い中がんばっているんです。
スタンダードでなくても、成熟した社会であれば幸せに生きることができると思う。
そんな社会を早く実現したいものです。
発達凸凹は、周辺まで含めると人口の10%にまで及ぶといわれています。
我が子も大人へと育つ過程で、発達凸凹が原因となって社会に適応できないかもしれない。
うまくいかず、自尊心が保てなくなって、精神を病むかもしれません。
社会に適応できなくなるのは、はたして、個人の責任だろうか?
毎年自殺者が約3万人で推移しているということは、それが個人的な問題ではなく社会の問題だということを示しています。(個人的な悩みが原因とすれば、数は毎年はげしく増減しますよね)
今も18分に1人、日本のどこかで誰かが自殺で命を亡くしているという事実。
その多くに方に何らかの精神疾患が関係していると言われている。
日本人の5人に1人は生涯に1度は精神科を受診する。
もはや他人事でないですよね。
今日からできること。
世の人に実情を知らせること。
社会に働きかけること。
そして、人が人にやさしくなること。
みんなが違うことを認め合って、
できなくても、なぜか聞いてあげて、
できる方法を考えること。
いいところを認め合って、
自分が、自分であっていいんだって、思える社会にしたいですよね。
そんなかかわり方を
親も、先生も、上司も、してほしい。
家族や友だちや同僚も、みんなしてほしい。
みんなの幸せのために
そして自分自身がしあわせになるために
いろんな思いを感じつつ
自分のやるべきことに思いを馳せる学びの日々です。
