昭和が終わる頃、小学3年だった私の記録です。
今よりおおらかだった時代を思い出して、今の子育てにも何か繋がるといいな、という思いで綴っています。
時々今の子育てのことも。
私とえりちゃんは2人とも、ピアノを習っていた。えりちゃんは他にも水泳も習っていた。
でも、習い事はそれだけだった。
クラスでも塾に行ってる子はまだ珍しくて、
三木美紀子先生なんて、
「勉強は学校ですることだから、塾なんて行かなくていい!」とおおっぴろげに主張していた。
算数は100点を取らないと帰れなかった。
でも、放課後の勉強は楽しくて、
えりちゃんとわざと間違えて、提出して
(わざと間違えなくても間違えてるんだけど)
放課後、何枚も何枚もプリントをした。
三木美紀子先生が職員会議とかで、教室から消えてしまう時もよくあって、お友だちと教えあったり、おしゃべりしたり、遅い時間まで残って学習していた。
今、塾や自宅学習でしっかり見てもらえると子はきちんと学力をつけて上の学年へ上がる。
でも、学級がしんどかったり、担任の先生が生活指導でパワーを使い過ぎていたり、何の配慮もなかったりすると、義務教育の課題からポロポロ落ちてしまう子がいる。
例えば、3年生なのにまだかけ算が正確でない子。クラスに一定数いる。
お家で勉強もしなかったし、時々友だちに答えを教えてもらってプリントに書いたりしてた私だけど、九九だけはしっかりきっちり教えてもらった。リコーダーも厳しかった。
国語ではうんと作文を書かされて、うんと本を読んでもらった。
そして、毎日毎日放課後があった。
それは自由だったし、子どもの領域だった。
危ないこともダメなこともたくさんしてしまったけど、いつか、私の人生の根っこになっていった。

