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昭和だった

昭和の最後、まだ私は小学生でした。
今思い返すと、おおらかな時代だったな、と思います。
その時代を思い返しながら、きっと今も、もっとおおらかな育児でも子どもはすくすく育つんじゃないかな、と思いながら書いていきたいです。



    

昭和が終わる頃、
小学3年だった私の記録です。

今よりおおらかだった時代を思い出して、
今の子育てにも何か繋がるといいな、という思いで綴っています。
(登場人物はみんな仮名です。)

時々今の子育てのことも。


クラスに、「こうちゃん」という友だちがいた。

こうちゃんは言葉が不明瞭な時があった。

授業中、急にハサミを取り出して、自分の髪の毛を切ってしまうときがあった。

「タコおどり」とみんな呼んでたけど、手足をぶらんぶらんさせながら走るのが好きだった。


30年以上たった今思い出すのは、こうちゃんの笑顔だ。いつもにこにこのこうちゃんと、えりちゃんと、3人でよく遊んだ。


三木美紀子先生のクラスで3年生4年生を過ごした後、5年生は学校一怖い男の先生が私の担任になった。

あの時の絶望ったら、なかった。


5年生になったある日、こうちゃんが(こうちゃんは違うクラスだった。)教室の外で大きな声を出しているのが、私の教室まで聞こえてきた。

誰かが、「あ!こうちゃん!」と思わず大きな声で言った。


そしたらその怖い怖い担任の男の先生が

「もう5年生なんだから、こうちゃんという呼び方をしてはいけません。ヒガシくん、と呼びなさい。」

と、とても静かに威厳に満ちた声で言い放った。


あの時のかなしさったら、なかった。


突然、よくわからない力で、こうちゃんと、私の間に黒い線が引かれた気がした。

こうちゃんは、こうちゃん。

できないこともあって、おバカなこともしちゃうけど、笑顔がとってもいい、こうちゃん。



私はぼんやり外の空を見た。


本当に、かなしかった。