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昭和だった

昭和の最後、まだ私は小学生でした。
今思い返すと、おおらかな時代だったな、と思います。
その時代を思い返しながら、きっと今も、もっとおおらかな育児でも子どもはすくすく育つんじゃないかな、と思いながら書いていきたいです。



    

昭和が終わる頃、
小学3年だった私の記録です。

今よりおおらかだった時代を思い出して、
今の子育てにも何か繋がるといいな、という思いで綴っています。
(登場人物はみんな仮名です。)

時々今の子育てのことも。


えりちゃんとのキョンシーが大失敗におわった私たちだったが、

その次のお楽しみ会だったか、一年後の4年生のお楽しみ会だったか、大成功した出し物もあった。


私とえりちゃんと、もう1人友だちの友子ちゃんと、こうちゃんと、4人で今度は、盆踊りをした。

盆踊り、といっても、本格的なのではなく、Dr.スランプアラレちゃんの、アラレ音頭だった。

4人とも浴衣をきて、こうちゃんは雷太鼓を持って、円で座ってるみんなの真ん中で、ヨヨイノヨイ!と踊ったのだ。

これが、三木美紀子先生に大受けだった。

三木美紀子先生はゲラゲラ笑いながら、(微笑ましくみてくれるのではない。大口を開けて楽しくて仕方ない!という感じでずっとゲラゲラわらってるのだ。)手を叩いていた。

私たちは誇らしい気持ちでその出し物を終えた。

 

テレビの音をラジカセに録って、テープを持っていったのだと思う。


もう一つお楽しみ会の、お楽しみはおやつタイムだった。

びっくりすることなのだけど、その日だけ、1人一袋お菓子を持っていくのだった。

ポテトチップス、とか、ビスケット、とかだったと思う。

みんなで円になって座って、自分の袋の中のお菓子を一つとって食べて、お隣にまわす。食べたら、隣の人に渡して、また食べる。


今だったらSNSで炎上してしまいそうな持ち寄りのおやつタイムだけど、本当に楽しかった。

そんなことをしてるのは、7組だけだった。

1番楽しんでたのは、三木美紀子先生だったかもしれない。