小学校まで当たり前のように過ごしてきた場所が懐かしく思い出されて、子供の頃、親に連れられていった場所も、うん十年たった今は?と確認して来ました。
子供の頃、朝ごはんに母に許可もらって走って買いに行ったパン屋さんはもうなかった(-_-;)
ホワイトクリームを挟んでチョコレートでコーティングされたアベックパン、
柔らかい小さなクッキーが周りをおおってホワイトクリームを挟んだパフ、
バナナやフルーツを挟んだフルーツサンドイッチ、
わたしが大好きだったパン屋さんはなくなって寂れたスナックになってた。
商店街にいく途中にあったお米屋さんはそのまま。でもずいぶん寂れた感じがして寂しかった。
自宅だったそばに住んでいた同級生のひろっちゃんの家はそのまま変わらず、表札がありました。
思わず、呼び鈴を鳴らしてドキドキ~
出てこられたのはお兄さん、そしてお母さん、私はひろっちゃんのオバチャンと呼んでました。
ひろっちゃんのオバチャンは歩くのもやっとで…
私の事はうっすら思い出して、でも「お母さん、元気?」と母の事だけきくのです。
ひろっちゃんは?と尋ねると別のところにすんでるってそれだけでした。
残念ながら、ひろっちゃんには会えず、帰りました。
ひろっちゃんとはよだれかけをかけている頃から遊んでいた写真があり、思い出すのはよく私のシミズで汚れた手を拭いて意地悪されて母に泣きついた事、少し大きくなってからはチャンバラやビー玉遊びをしたりかけっこやかくれんぼもして怒ったり泣かされたりと嫌な奴って思いながらもよく遊んでました。
小学校6年生の秋、私が転校する時、皆の前で挨拶して、一人一人が私にお別れの挨拶をしてくれた時、ひろっちゃんは立ち上がって言おうとするないなや、泣き出してしまってそのまま、泣きじゃくっていたので、私はなんで泣くのかわからなかったのを覚えてます。きっと皆の前て思う事が言えなくて悲しくなったのだと思いました。
でも、大人になってこの年になるとやっぱり寂しく思ってくれて泣いてくれたのじゃ
ないかなと願望的に思うようになりました。
今なら「泣いてくれてありがとう」って言えそうな気がして、会ってみたかったけれど。