暇な時間が多く、せっかくならブログを書こうという気持ちになりました。そんな初投稿です。
先週の木曜日、突然の腹痛と吐気を催しトイレへ駆け込んだのがはじまりでした。酷い鈍痛に滝のように流れる汗が止まらず、治まる気配などはまるでなかったように思います。
そこから病院へ送ってもらい、緊急ということで訳も分からぬまま点滴、動脈からの血液検査、インスリン、レントゲン、血圧測定、検尿等あらゆる検査が始まりました。その間も腹痛は治まらず、ひたすらに痛みに耐えていたのを覚えています。

正午を少し回った頃、担当医の方が「糖尿病の治療」として入院を勧めてきました。約2週間と言われていましたが、如何せん酷い鈍痛の際は死ぬ思いを体験していたのですぐに入院の手続きが入りました。
場面は移り、これから入院する病室へと車椅子で運ばれ、ベッドへ着くとすぐに眠ってしまい気がつくと20時を過ぎていた頃でした。母親がえらく心配しているのを覚えています。その頃には酷い腹痛はなかったように思います。「糖尿病」は以前、実父が患っており、ある程度の知識を得ていたのでこれから起こるであろう大変なことは重々承知したことを兎に角母親に伝え、その日はそのまま続けて眠りました。
2日目の朝、早速検査が入り、おちおち眠っているわけにはいかないと体を起こしました。そこで色々聞かされましたが、割愛。 とりあえずこの日も絶食ということと、入院生活中は自己蓄で尿を貯める必要があることでした。
点滴を打たれていたので案外お腹が空くということはなく、むしろ飲料も要らないのでは、と感じる程には安定していました。しかし、問題はそこに有らず自己蓄の尿の方でした。流石に初めてのことでどうしたらいいのか分からない、なんでこんなことをしなきゃいけないと深く感じていました。(投稿中5日目の私でさて未だに感じている)
ただただそれが辛いと感じていましたが、逆にそれさえなければ携帯を弄って時間を過ごすだけの簡単はことでした。Wi-Fiがないのが辛いですが。
しかしまぁ、そんなこんなで2日目は終了し、3日目に差し掛かりました。
3日目からは御飯が始まったことと点滴が外れたことの二点が大きかったです。
まず点滴が外れたこと、これは本当に楽です。小さい頃の話ですが、入院経験はこれまで数多くどの入院も点滴は必須項目でした。しかし、今回初めて点滴がない入院ということで非常に楽に過ごせることと思っていました。しかし、これが真逆に感じることになろうとは思いもしませんでした。
もうひとつはご飯です。この御飯こそがこの入院生活最も厳しいものでした。


そもそもはご飯に好き嫌いが多い私自身が招いた種ではございますが、単純に言わせていただくとただただ不味い。不味すぎる。
味はしないし、何を食べているかも分からない。そもそも味がしていても不味いと感じる私のことですから、味が微妙についている料理など美味しいと思うわけがないのです。
5日目を迎えている私ですが、未だに病院食が天敵です。今のところ美味しかったメニューは、鮭とふりかけと巻繊汁、それと牛乳だけです。
3日目の私は「これを食べて決められた時間に生活しなきゃいけないくらいなら点滴をつけて好きなタイミングで眠る方が楽まである」と思い始めました。
4日目はどうだったか、とにかく変わったことは二人部屋から四人部屋に移った程度です。特に何も変わった様子はなくひたすらに美味しくないご飯と戦っていたように思います。あとは、内服薬が点滴の代わりに追加ました。
5日目、現在のこととなります。今日とにかく一番感激したことは入浴ができたことです。これから月水金はシャワーにありつけそうです。特段いいシャワールームといえるわけじゃありませんが、木曜日から月曜日までの間入浴出来なかったわけですから非常にありがたかったです。ある種睡眠以外で一番ゆったりとした時間を過ごせたかもしれません。水曜日には友達のIさんが面会に来てくれるらしいので兎に角それを目処にしっかりしないと、っていうのが正直な気持ちです。また、水曜日は午前中に退院後の食生活についての話があると担当医の方が仰っていたのでそれについてもまたこの入院においての進捗となるのではないかと思います。
今私が自身についてのことで分かることは非常に少ないように思います。「糖尿病」という病気、糖質制限という食事法、血糖値を下げるインスリン、数々の用語や治療法等が飛び交う病院は未だに二十三の頭の弱い私では即座に対応しきることが困難ではありますが、退院する頃には自身のことをよく理解し、退院後もいつかはまた美味しいご飯を食べられるように努力しなければならないという思いで一杯です。
今回、初投稿ということで入院してから5日目までの記録をつけさせていただきました。
楽しい話ではございませんでしたが、最後まで目を通していただきありがとうございました。


