「合理的なはずの会社が、非合理的なことをやってきた」というのは本当に怖いのです。
— 大宮 光晶 / Hiroaki Omiya (@heroarchy) September 3, 2019
ぼくらが合理的と考えているものが、実は「部分最適」でしかなく、相手は「全体最適」をしている可能性が高いからです。
そして、それを実行できるほど深い知性と覚悟がある相手だというのが最高に恐ろしい。
ぼくの仕事でいえば、インターネット業界の広告宣伝担当は、顧客獲得単価(CPA、CPI、CAC)が計測できる広告手法に偏重しすぎなところがあります。
— 大宮 光晶 / Hiroaki Omiya (@heroarchy) September 3, 2019
顧客1人を何円で獲得するかの目安を、顧客生涯価値から逆算し、それを守りつつできるだけ多くの顧客を獲得するという考え方は、それ自体は合理的です。
しかし、ユーザーを深く理解する努力をすればするほど、そうした手法だけでは限界があることを痛感します。
— 大宮 光晶 / Hiroaki Omiya (@heroarchy) September 3, 2019
・最終的な顧客の刈り取りしかできない
・1回の広告接触だけで即購入する顧客は少ない
・そもそもリーチできる顧客の範囲が限られる
などの本質的課題にいずれ直面するわけです。
もちろん、広告宣伝担当としては、
— 大宮 光晶 / Hiroaki Omiya (@heroarchy) September 3, 2019
・効果計測できる広告だけを使えと上司から言われている
・効果計測できない広告に回せる予算なんてない
などの事情はあるでしょう。幸運にも、効果計測できる広告だけで成り立つ商品や業界も少数あります。しかし、多くの場合はそれでは限界があるのです。
そこを乗り越えた一部の広告宣伝担当は、「他の接触機会で何度も購入意欲を高めているからこそ、最終的な顧客獲得が効率よくできるのでは?」という仮説を検証しようとします。
— 大宮 光晶 / Hiroaki Omiya (@heroarchy) September 3, 2019
そして、顧客とそのビオトープを深く理解した上で、「計測できないけれども効果があるはず」な広告を試しはじめます。
「計測できないけれども効果があるはず」な広告を、顧客のビオトープに集中豪雨的に打つと、状況は明らかに変わります。
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・繰り返しによる単純接触効果
・異なる媒体からの複数回の接触
・自分の周囲でも話題になっている感
これらは多くの顧客の態度を変容させます。
態度変容した顧客は、最後の広告の一押しで購入してくれたり、あるいは、それ以上の広告を経ることなく商品を購入してくれたりします。
— 大宮 光晶 / Hiroaki Omiya (@heroarchy) September 3, 2019
最終的に、顧客とそのビオトープを深く理解した上で「計測できない広告」に予算を投じた会社は、より多くの顧客を、より効率よく獲得できる可能性が高いです。
こうした行動を、他社の広告宣伝担当は苦々しく眺めてくるでしょう。「そんな広告投下してリクープできるの?」「無駄に使える予算があっていいね」と。
— 大宮 光晶 / Hiroaki Omiya (@heroarchy) September 3, 2019
彼らは「計測できない広告や、上司に説明できない広告にはお金を使えない」という組織の一員としての狭い合理性に囚われています。
自分たちが合理的と考えているものは「部分最適」でしかないかもしれない。
— 大宮 光晶 / Hiroaki Omiya (@heroarchy) September 3, 2019
これは広告に限った話ではなく、商品企画、開発、製造、流通、販売、カスタマーサポートなど、事業のあらゆる面で起こりうることです。
ぼくも身に覚えが多すぎて反省することばかりですので、引き続きがんばります。
