シンデレラプロジェクトの
オーディションに落ちたことが
わかったあと
無意識にだけど
こんなことを
頭の中でやってた
原因探し
なんで落ちたんだろう?
って考えることは
自然なことかもしれないけれど
その答えなんて
わたしが知る由もない
どんなに考えたって
わかるわけがない
それなのに
オーディションのときに
あの話をしたのが
よくなかったんじゃないか
わたし一人
夢中でしゃべり過ぎたか
他の人みたいに
もっと凝った衣装で
本気度をアピールすれば
よかったか
などなど(笑)
油断してると
四六時中頭の中で
あれがダメだったのでは?
これがマズかったんじゃないか?
ってもう
勝手にあることないこと
考えてる
そのたびに
ハッ
として
いやいや
それはただのわたしの
憶測だから
って打ち消すんだけど
少し時間がたつと
また思考が勝手に
原因探ししてる
しまいには
オーディション審査員の
選ばれた人のことを
「この人ほんっっっとに
ガチだったのよ!!」
って言うのを聞いて
それじゃわたしは
ガチじゃなかったから
落ちたんだ
って勝手に決めつけるwww
そんな自分に
気づいてるから
わたしの場合はその都度
やめることができたけど
でももし
自分一人が頭の中で
勝手な憶測を繰り広げている
っていうことに
気づかなかったら
どうなるか
その頭の中で
考えたことが
そのまま
その人にとっての
真実になる
なんか
ゾッとしたよね
"選ばれた人はガチだった"
っていう
その言葉を逆手にとって
わたしはホントは
ガチじゃなかったのかもしれない
本気じゃなかったのかもしれない
熱意が足りなかったのかもしれない
このチャンスに
真摯に向き合う姿勢が
足りなかったのかもしれない
っていうふうに
どんどん現実を歪めて
しまいには
熱意を持って挑んだはずの
その時の自分が
すっかり頭の中で
塗り替えられて
わたしが
本気じゃなかったから
いい加減な気持ちで
挑んだから落ちたんだ
っていう
"独りよがりな原因"
"なかったはずの現実"が
自分の中で勝手に
作り上げられていく
たとえば人から
「ひどい!」
って責められたときに
それが
心の深いところに
入れば入るほど
「わたしってひどいんだ」
っていう自覚が生まれて
たまたま
相手の虫の居どころが
悪かっただけかもしれないし
誤解があっただけかも
しれないのに
たった一回の
「ひどい」って言われた
事象からでさえも
勝手に自分を
「ひどい」っていうふうに
仕立て上げて
その後の人生は
「わたしはひどい人」
として生きていく
実は
人はそうやって
目の前で起きた事象から
いろんなことを
決めつけて生きてる
「事実だ」って
思ってることでさえも
実はそう自分で
「決めている」
だけだったりするんだよね
だから
同じ事象を目の当たりにしても
その受け取り方は
人によって全然違うし
同じ時間と空間を
共有しながらも
人それぞれまったく違う世界を
生きている
決めたことが
"事実"になり
決めたことが
その人にとっての
"現実"になる
つまり
自分がなりたいように
生きたいように決めれば
人生はそのように
なっていくってこと
だから
"わたしかわいい"
って先に決めたらいいじゃん
"わたしはずっと幸せ"
って先に設定したらいいじゃん
オーディションに
落ちた?
それは"たまたま"
って決めれば
わたしの世界では
"たまたま"ってことに
なるんだ
高橋えりこ
いつもありがとうございます♡
* LINEにいただくメッセージについて *
LINEにいただくメッセージは、
お送りいただいた時点でブログへの掲載を
ご承諾いただいいるものとみなしますので
その旨ご了承くださいませ。
読者登録してもらえるとうれしいです