Hiroshi Itsui の何書こうかな。。。??? -2ページ目

Hiroshi Itsui の何書こうかな。。。???

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今日は多くの方が黙とうをささげたことだろう。

1年前の大震災だ。


私の1年前を振り返ってみよう。


地震の時は、私の勤務している埼玉の吉見町と福島の二本松、群馬、埼玉の本庄の4か所と電話会議をしていた。電話の向こうで「ガシャガシャ・・・」という音とともに電話が切れた。こちらはまだ揺れていない。なんだと思ってしばらくすると、埼玉も大きな揺れが襲ってきた。距離で揺れに時間差が出るのがよくわかった。


会社では震度4、自宅は震度5だった。私の勤務場所では被害が無かったが、会議先の福島の子会社は大損害だ。建物が古いのもあるが、1つは建て替えになる。生産設備も被害を受けた。


当日は早めに帰ったが、帰りの車のテレビで見た光景に衝撃を受けた。それは仙台の津波の映像だ。信じられない光景に驚いた。帰宅後もテレビをずっと見ていたが、信じられないことばかり、胸が痛くなる。


部下、その家族の安否確認などを週末に行うが、電車通勤の1名が帰宅できず、駅近くの小学校で1夜を明かす。1名が震度7の近所が実家で、親戚の安否が確認できないという。その後安否確認できたが。


震災そのものは報道で皆さん周知のことなので、あまり書かないが、私のことを書くことにする。


自宅の中は幸いにも棚や机のものが落ちた程度だった。キッチンは耐震ロックの扉に食器棚をしていたので、被害はなかった。

翌日家の周りを一周する。エコキュート(給湯器)がなんとなく斜めになっているのに気づく。基礎部分のカバーを外しれ見ると3つのアンカーのうち2つが抜けている。400Kg以上のものがほぼ自立している状態なので危ない。ホームセンターでロープを買い、取り合えず、家にしばりつけた。


近所を回ると、300mほど離れたところで液状化により、傾いた家、倒れた電柱が結構ある。報道では埼玉は栗橋(現久喜市)の液状化が取り上げられているが、我が町も結構被害がある。合併前の人口比率では、旧大利根は被害率が高いのだ。瓦が落ちた家は多数。うちの本家は半分屋根が落ち、現在取り壊して建て替え中だ。

液状化で傾いた家に聞くと、修復に3千万の見積もり、と聞く。

被害の大きかった東北に比べれば、人の被害が無かったとはいえ、大変なことだ。


うちの被害は結局地震保険の対象外で10万ちょっとの修理の見積もりだったが、施工当時の写真があったので業者に見せたところ、工事ミスの可能性もあるとのことで、無償で直してもらえた。


さて会社の話に戻ろう。福島の工場の復興に特別チームが作られた。活動は10日程度。私はバックアップで埼玉から日々の支援を行った。行った方々の苦労は計り知れない。早い復旧ができたが、下請けも被災しているので部品の供給もままならず、製造業の打撃は大きかったのは、みなさん周知のことだろう。


それからガソリンの調達も大変だった。私は、車での通勤距離もあるので、いつ無くなってもおかしくなかった。妻に仕事を休んでもらってガソリンを2回入れてもらった。1回3時間もならんでもらった。私も1度1時間程度ならんだ。


今回の震災で考えさせらてたのが、オール電化だ。我が家はオール電化+太陽光発電だが、インフラ1つに頼ることのリスク、原発問題に悩まされたいる方々がいるなか、多くの消費をしている我々消費者。難しい問題である。


皆さんもそれぞれの3.11の記憶があると思うが、亡くなられた方や行方不明の方が2万人近くいる。我々残された人々は、後世に正確に伝えていくことだ。歴史は繰り返される。時々しか起こらない、というのは事実でも、実際に起こるのが災害だ。それを伝えていくこと、それに対処することをきちんとして行こう。