私の父親は、とてもコミュニケーションが取れない人で、それは私が小さい時から現在に到るまで余り変わっていない。

ただ彼の中で、昔よりも何倍も人に対しての忍耐力は備わった。

どうゆう幼少期を過ごしたとか、成人してから、父親になってどう思ったか、私は何も知らない。

私達は何十年もの間、家族としての関係を持っているにも関わらず、そうゆう事を話せたり出来ない関係性になってしまっていた。

 

中学、高校と私は反抗期にどっぷり使っていた。

親が今まで色々とコントロールして来たのに、ようやく「私は違う事がやりたい」と言う欲が物凄く爆発した感じだった。

携帯電話がやっと普及して来た世の中にいた私は、親から毎日何百もくる電話やメールも無視し続けた。

それができる事すら自由だった。

 

父親は私の反抗期が嫌でしょうがなかったんだろう。私と父親はしょっちゅう喧嘩した。

コミニュケーションが取れない父親は、説明もなく、いきなり怒ってくる。

反抗期の若い私に、それを理解する力は無くて、とにかくそんな父親に「怒りの反応」を示す事しかできなかった。

幼少期の嫌な思い出を、そのまま引き続き持っていた私は、とにかく両親に関して嫌な感情の方が多かったのかもしれない。

”楽しい”と家族間で思える時間が、沢山欲しかったけど、余り与えられなかった。

 

絵本で見た、家よりももっともっと遠い世界の存在をなんとなく意識し始めて、

中学、高校と友達に沢山恵まれた事によって、外に出ている時間の方が、家にいる時間よりも長くなった。

友達と沢山笑って、遊んでる毎日が楽しくてしょうがなくて。

乾いた喉を潤すように、毎日笑って、悩んで、遊んで、本当に毎日楽しかった。

 

高校二年生の時に、軽音部だった私は、先輩バンドのベース演奏者だったヒロミ先輩と仲良くなった。

ヒロミ先輩は、当時B系と言われる、ヒップホップやR&Bなどを意識した格好をしていた。

高校生のミニスカートの制服に、紺色のルーズソックス、髪の毛はブレイズをしていた。

とにかく格好よすぎて衝撃的で。

ヒロミ先輩は他の先輩と一緒に、クラブに遊びに行くから、行かないかと誘ってくれて、凄くドキドキした。