素粒子、ニュートリノの話が話題になってるね

アインシュタインの相対性理論が出来てから、光より速いものはないって言われてきたわけだけど、

その理論を認めないで、光より速いものを探し続けた人達が沢山いたって分かって

何だか嬉しかった。


メディアではタイムマシン、タイムマシン言ってるけど、正直タイムマシンなんて私にはどうだっていいんだ

だってさ、
未来でタイムマシンが出来ていたとしたら
未来人が現在に来て、何らかのアクションを起こすと思うんだよね。

でも現在で未来人を見たなんて聞いたことないし、何もアクションを起こしていないよね、少なくとも公には。

もしかしたら過去を壊さないようにって、厳重にばれないようにしてるのかもしれないけど

やっぱり人は速さに弱いから、
タイムマシンが借りに出来たとしても人は過去に来るまでに死んでしまうと思うんだ


というのが
私なりのタイムマシンの理解で、


でも

それでも やっぱりわからないことだらけで




最近凄く考えているのは、
過去や未来の所在について。



もし、タイムマシンで過去という時間に行けるようになったとする

その過去という時間に、当時の私はいるのか?

1995年の私に会える?

2000年の私に会える?

ドラえもんやバックトゥザフューチャーみたいな事になるのか?



なんか変。
だよね。

そうとも限らない気がする。


過去があるから、今の私がいるわけで


今の私がいるのに、目の前に過去の私もいたら








頭のいい科学者達の想像する過去の時間とはどんなものなのか



タイムマシンに乗って
見る事の出来る過去の世界は ?






科学者は
未来に行く事はあまり考えていない。



これだけは 確かだ。






知らないことなんて

たくさん ある



自分の死後の世界すら知らないのに、


なぜ多くの人は
宇宙人や魔法使いの存在を否定するのか。



自分の目で見たことがないから、


なのか?



どっかの偉い科学者が
「人が想像できるものは必ず実現出来る」って言ってた。

実際にIPS細胞とか信じられないものが発見されてるし、タイムマシンを作る原理だって分かってる。


ブラックジャックやドラえもんの世界も不可能ばかりではないって事だと私は思う。

もしかしたら いずれは、
全て当たり前に実現させているかもしれない。


想像したものを否定しなかったからこそ、可能にできたこと。受け入れることが出来たこと。

きっと世の中には沢山ある。



そんなこんなで最近、

映画を映画として見られなくなってしまった自分に気がついた。


自分以外の人間とは


私と違う環境で生きて、感じて、

私とは違うことをおそらく沢山知ってる人。


同じ家で同じ親から生まれて、同じように育てられて、
それでも環境が違うから

妹と私は全く違う価値観、人生。


妹が妹として生まれてきた時点で環境が違ってる。


そう思うと映画を作る人だって
私とは違う環境なわけで



そんな人が知ってる世界や、考え、想像 を安易に垣間見ることが出来る映画は、

知らないことを知ったり
考えたりするのに
凄く 役立つ。




だから映画は選んでほしくないし、
選びたくない



俗に言う、 本物の映画 なんて ない。と私は思う。


ただ自分に想像できる範囲の映画をそう呼ぶ人が多い


地球人がいるから宇宙人がいたっておかしくない。





上手く書けないや
伝わらないけど私の映画論。おしまい。

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夏のおわり、
秋のはじまり

この季節の空は本当に気持ちがいいよね。


特に夕方の空、
青い空と黄色い空の境目の空。


あの空の色はなんていうんだろうね、
凄く、きれい。


私はあまり色を知らないから、
損してるなって思った。
伝わらないし、伝えられない。



でも少したってから、

そんなことないかも。
って思ったりもした。



何色と何色の絵の具を混ぜれば何色になる。


これを知った時のショックを思いだした。


色んな色を混ぜたら汚い色になった。


虹色になると思って、たくさんの絵の具使ったのにね、。




虹は虹色を保つのが難しいのかもしれない。
今はそんなふうに思える。


やっぱり好奇心の方が強くて、
知りたいと思う。

色だけの事じゃなくって、たくさんの事を知りたい。と思う。


色々知りたい。


色々 っていう言葉の由来は こういうことなのかな。


なーんて 1人で考えてた 水曜日の夕方。