こんにちは。糸色です。
今日あったことと考えたことを少しだけ
さて、今日と明日は待ちに待った文化祭です。
一度某ウイルスで延期になって、周囲の人の熱気もそこそこ高まっています。
私はというと、周りに馴染めないというか目立ちたく無いというか…いつも通り隅っこに居ます。当然文化祭では人前に立ちません。
それでも、周りの発表を見聞きするのは楽しみにしてました。これは本当なんです。
しかし事件が起きました。
今日の文化祭、他学年と有志の人の発表を見ていて感じたのです。
全く楽しくない。と
歌を歌ったり編集した動画を流したりと、予想していた文化祭そのままだったのに。私は何が起きたのか分かりませんでした。周りの人は手拍子に笑いにと、場を盛り上げる行動をとっています。なのに私は固まったまま動けません。時折ぎこちなく拍手をするだけです。
私に何が起こったのか。文化祭の間、私の頭の中には「恥ずかしい」という感情が駆け巡っていました。
何も周りに合わせて手拍子をすることが目立って恥ずかしい、と思ったのではありません。むしろ何もせず座っているだけの方が浮いてしまっていたことでしょう。
では、何が恥ずかしいと感じたのか。
単刀直入に言います、私は「発表が恥ずかしい」と感じていたのです。舞台の上で披露される歌や映像を見て、楽しい気持ちで溢れることはありませんでした。
楽しみたい!という気持ちとは裏腹に、歌を聞けば「あ、今音外したな」とか、「たいして上手でも無いのにこのレベルで有志に手を挙げるなんて…」と一方的に発表にケチをつけ、そして何故か自分が「恥ずかしい」という感情を抱いたのです。
私は最初、これを共感性羞恥か何かだと思っていました。
しかし文化祭が終わってもう一度よく考えてみた結果、あっさりと違う結論が出ました。
私は舞台で発表する人たちのことを「見下していた」のだと。
己が恥ずかしいと感じていたのは、見下していることを認めたく無い自分の言い訳だったのです。
明日も文化祭があります。
私は当然、人を見下したくなどありません。
発表者に対して、どれほど失礼な感情を抱いていることか。私自身は舞台に立つことすら出来ないのに、有志に手を挙げて堂々と歌を披露する人達にとってどれだけ申し訳ないことをしたのか。会場で盛り上がる人達に合わせることなく1人固まっていた私は、さぞ場の空気を盛り下げたことでしょう。
明日、学校行きたく無いなぁ。
何より私は私のスペックを理解しているはずなのに、自分より明らかに性能の高い人達を見下していることに驚き、そして自分の残念さに悲しみました。
人より劣っていることなんてザラにあるでしょうが、私はそのひとつすら許すことができずに、相手を見下しあまつさえ「恥ずかしい」という感情で自己を守ったのです。
ほんとに、どうすればいいんでしょうね。
今日1日はこのことを考えます。そしてきっと明日も。