どうも、糸まきです。


ざっくり三年前からアメブロで記事を書いてきました。


が。


今日この記事をもって閉鎖することに決めました。



これから書くことは読んでくれた皆様に

少しでも何か残せるものがあれば…と言う

エゴな気持ち100%で

綴らせていただきます。




どうぞ後味悪くなってください、

…といいたいところなんですが


全然そんな感じでもないと思います。




老朽化したけどみんなから愛された

激狭の中華料理屋みたいな


私からしたら大円団なので


たった三年でしたけど

大切な三年でした。









自我を自覚するころ…んーそうだなぁ

幼稚園児の頃からだったのですが


楽しいことや微笑ましいことよりも

苦しいことの方が目につく性格で

あふれでる疑問に365日脳を振り回されてました。


頭の中の口癖が「どうして?」てなもんで。


幼稚園児なんて知りたい欲の塊みたいなもんだから

当時の私のさじ加減でいうところの

「ちゃんとした大人」に訪ねてみるんです。でも



モヤモヤをうまく伝えられないし

真剣に汲み取ってさえくれないし


血の繋がった母でさえも例外ではありませんでした。




間違った言い方をすると

すぐに「お前と話すとつかれる」と警戒され

機嫌が悪いと挙げ句ビンタが飛んできて


いたた…。


こんなことを考える自分が変なんだって

脳を強制シャットダウンするまでが

毎回のおちでした。





諦めを認めてしまうとき


ポキッと心が寂しくて、たまらなく悲しいです。




どうするのが正解だったのかな?って

しくしくあとで後悔するんです。

自分の無力さを思い知らされます。





親が躾として手が出たり、

言葉のナイフが飛んできり、


虐待なんかの物理的な恐怖というものは

今思えば些細なことだったのかもしれません。



「私を知ってもらえないこと」

私の人生のなかで呪いのテーマになっちゃって


理解してもらうことに絶え間ない努力を

出来事以来、今の年齢に至るまで注力してきました。


努力の形の一つがこのブログでした。





っっっしゃーーーー(鼓舞)!!!






このブログをして

よかったな、成長したなって思えるのって

言葉を整理して吐き出す力を養えたことです。 


最初方の記事なんて目も当てられない文章力で

何が言いたいの?みたいになってましたけど。


今では共感に引き寄せられて

応援の声も沢山いただきました。




自分の言葉に救われる人がいてくれるかもしれない


なんて大それた事は口が裂けても、

…言いたいですけど昇天(まんざらでもない)



「わたしだけじゃない」

「俺だけじゃなかったんだ」



そのときは一瞬の安堵にすぎないけど


岐路に立った時大事な判断材料になるんだって


私自身が身をもって体験したからこそです。



私はこの数千文字の世界観を

大切にしなきゃいけないんだって使命感で

キーボード連打してました。

カタカタカタカタカタカタ




ほとんどの人には意味不明な文章表現に見えて

指差し「よくわかんないけどすごいね、たはは」

ってよくわからん感想返ってきてたけど


ごく一部、米粒レベルに


顔を知らない誰かに届いて、それも

びりびりー物申すって衝撃の走るような

圧倒的価値観の合致」を味わってくれたなら


私はしてやったぜっどやってなるんです。




文字に起こして脳内を具現化すること

ここ数年の私のボキャブラリーを

著しく成長させ、


自己表現の幅がぐんぐぐん!って感じです。



「話してて表現が面白い」って

最近はいろんな人に誉められます(?)





真にあるのは結局


こちらの存在を何とかして認知してほしい


っていう死にも狂いの策だったりするから

根本は何一つ変わってないのですだ。


まぁね、いっそのこと開き直っていいのだ凝視





迷った人間にしかわからないこともある







そんな大事なブログなのに更新しなくなったのは

もっと他にやりたいことが出来てしまったから。


というより


しなくても大丈夫になったから。



本当は個人事業として独立するために

立ち上げたブログでしたが

最近は集客もくそもない

ぼやき記事しか更新しなくなったニコニコはい、失格w




正直な話、実際にお客さんがついて

もう、この人に出会えただけで私満足

しちゃったのです(鼻息)。


というかこれ以上素敵な方に会える自身がないから

綺麗な形でおわっとこーかな?っていう逃げです。

ははは…卑怯とは言うまいな凝視




金目当てとかでなくなると

もうブログは単純に趣味に成り果てました。


自己表現に関しては既にカンストして


ブログとしての役目を終えたんだという感じ。




冒頭でも言いましたが私の人生、永遠のテーマは


「理解してもらえる存在出逢うこと」


でした。自分で言いながらも

不可能だと思ってました、だって無理でしょ?




にっこり親も姉妹も自ら捨ててw

よだれ親の悪口をネットの公衆に散々吐き捨ててw

無気力こだわりも強くて癖も強くてw

爆笑自暴自棄になって奇行に走ってw



そんなやつに誰が歩み寄ろうとしてくれんのかって

おつむが足りなくったってわかる。



だから人生の目標であったとしても


いつくるかわかんない、

生きてる間にあったらラッキー、


のんびり半分捨て半分でした。

諦めの耐性は嫌ってほど板に付いてるので。










ここ最近、半年の話です。


父親を代表にすがってた人間関係

整理することが多くて



手放した分、

全く新しいの出逢いが露骨に増えたんです。


それは突然に…そう…





隕石のように飛来してきました

wwwwwwwwwwww。






思ったより急過ぎて

腰が引けている今日この頃です。




親と縁を切ったことも、
自分がやってきた愚かなことも、

「だから今のまきさんがあるんだね」

と普通に笑ってくれるんです。


あまりの優しさに正直
報いたさで必死なんですが、同時に

ちょっと恵まれの度が過ぎている
嬉しいけど、おおお落とし穴とかないよね…?

って心のチキンが騒いでいます。怖い。





幸せを疑ってしまう、悲しき性分






鼻から脳が垂れるくらい辛かった過去が

いい思い出だったと吹っ切れてしまって

大分不思議なのですが


決してここがゴールではなくて。


自分フォーカスよりも

誰かのために無心になれる人生に


これから沢山努力して勉強して反省して

もらった以上を返していこうと、頑張りますネガティブ





そんなことしてたら

ブログに手がつけられなくなるので


そんなこんなで閉鎖することになったのでした。



きっと前よりかは明るくなれたし

干渉に浸れるようにもなったし


形に出来て本当によかったです。



最後になりますが


こんな記事にコメントをくれた人

いいねしてくれた人

更新を楽しみにしてくれた人



みんなのお陰で

私はもう大丈夫になったよ


支えてくれて本当にありがとう。




糸まき