答え:どちらも同じ


「観自在」は、西暦649年に玄奘三蔵が、サンスクリット語の経典から訳したものである。

「自在」とは、何事にも不可能なことはないという意味であり、「観」は心で見抜いてよく分かるという意味である。

よって、「自在に観る」とは人々の心の悩み苦しみなどを、手に取る様によく分かるということである。


一方、「観世音」は玄奘三蔵より約230年くらい前に、中国名「鳩摩羅什(クマラジュウ)」が訳したもの。

観音菩薩のサンスクリット名「アヴァローキテーシュヴァラ」の近似原語の意味などから推察して訳されたものといわれている。