先日お伝えしたように、今日は伊東の歴史PART2
「源頼朝と八重姫の悲恋物語」について書きますよ~!
今を去る800余年前、平家の勢力が天下を風びしっていたころ、伊東庄は平家に属し、地頭の伊東祐親が権力を握っていた。
源頼朝は蛭小島に流人の歳月をおくっていたが、承安2年25歳のとき伊東に来て5年、その間いつしか祐親の娘八重姫と仲睦まじくなり、2人の間に「千鶴丸」という子をもうけた。
2人が毎晩逢瀬を楽しんだという、音無神社には、密会声音を忌めるにちなんで、無灯のしりつみ祭りが今日もおこなわれている。
祐親は平家にはばかり、2人の仲を裂いた上に、千鶴丸を松川上流のとどろき淵に沈めたという伝説がある。
幸田露伴もこの悲恋を記している。また、島村抱月もこの悲恋を記そうとしたが、果たさず死んだ。
以上、頼朝八重姫悲恋物語でした
毎年11月にしりつみ祭りは開催しています。当日は尻相撲大会などもおこなわれ、天下の奇祭として語り継がれています。
