こんばんは、うさこです。

うさこはセブでの1ヶ月の英語の修行から帰ってきたばかりです。

うさこはハンデがあるのでイロイロと壁にぶつかり、その壁を突破すべくの語学留学だったのですが、この目で現実に世界の不公平を日々まの当たりにして、深くイロイロと考えることになり、私なりの考えが少しはっきりしたのでそのことについて書きたいとおもいます。

 

私たち人類は、地球という船に乗った同じ乗組員で仲間ではないのでしょうか??

 

 

なぜ同じ人間なのにこんなにも不平等なのでしょうか??

なぜ同じ人間なのに同じ教育を受けるチャンスがない?なぜ同じ人間なのに同じ仕事につくチャンスがない?なぜ同じ仕事をして同じお給料をもらえない?

本人の努力ではどうにもならない不平等の現実。

「後進国の人間だから、お給料は安くていい。言葉にまどわされず、どうか良く考えてみてください」

行進国は物価は確かに安いです、ですがその一言でかたずけることほど残酷なことはありません。

泥棒がいともたやすくはいれる家で生活する恐怖、食中毒や感染症の恐れの多い飲食店での食事、日本のようにインフラが整備されていないので自炊も困難です。

電力は不安定で高価なので暗く火事のリスクも高い。水道水は飲めません。

シャワーもお水でそのシャワーすら無い家もザラです。

当然健康保険なんかないので病気しても治療を受ける事は出来ません。

仕事をきちんとしていてもお給料が安いので満足な生活なんて夢のまた夢。

インフラが整備されていないと言う事はそういうことなんです。

ストリートチルドレンがあふれています。治安のいいところにしか居ないのに、毎日物乞いの子供に会います。

セブには歩道なんかありません。車道しかないので事故が非常に多いです。常に渋滞してます。

セブの多くの人は算数が出来ません、算数ができないのできちんとお金の管理ができません。

それどころか建物を建てるには職人さんも算数ができないときちんとした建物は立ちません。インフラの悪さで事故が多発していては人類は文明を築けません。

治安の悪さは自分の生命の危機に直結します。そんな状態ではとても勉強などできない。

でも、そこに産まれたら、そこで生きるしかないのです。私たちは同じ地球に生まれた同じ生命です。

ですがそこに産まれたら平均寿命は短く、人口のほとんどが若者です。

これは、障がい者にも全く当て嵌まります。

障がい者なので安く使って構わない法律が日本にもあります。そして他に障がい者を守る制度はありません。

生活保護と全ての権利を手放す成年後見制度しかありません。障がい者を守る制度はありません、しかし払う税金は健常者と同じです。これは平等とはいえないとおもいます。

悲しい事に、障がい者の平均寿命もまた、短いのです。

では障がい者の機会チャンスは平等でしょうか?今の豊かな日本の中では考えられないほどに機会チャンスは平等ではありません。

私を含め多くの日本人は障がい者に配慮する事、同じフィールドで生きる為のすべを学んでいません。

おおくの意見の中に自分が当事者ではないから、別に構わないといったものが見受けられますが、

果たして本当にそうでしょうか?

 

私は今の日本の治安のよさは、、教育水準の高さ、医療制度の平等さ、インフラの平等さにあると感じました。おじいちゃんおばあちゃん全員で頑張ったからだと思うのです。日本人全員が幸福になる道を選んだからです。教育を受けさせず、強制労働させて国民を国家の奴隷にしていたならば、今の日本の発展は無かったでしょう。

 

私が、セブには全てが不足していると感じたのは日本人だからでしょう。

私が平等を知っているので、不平等を知っているのでしょう。

でも、それ以前に私が感情の生き物で、思考する生き物だからでしょう。

感覚的に障がい者だからとか、後進国だからとかそんな理由は平等とは言えないと感じていたのです。そのはっきりとした事実を私は目の前で視覚的に理解してしまったのが、一番の衝撃でした。

私には何の力もありません。

ですが、伝えたいと思ったのです。

不平等は周り回って自分を不幸せにするのだと。

 

この地球は無力な一人が集まり、動いています。

一人では人間は何一つ出来ません。

熊に捕食され死んでしまう、とても弱い生き物です。

今の日本には何でもあります、何でもあるから忘れてしまったのです。

人間は一人では幸せになれないように出来ている。

それを、一人で幸せになれるのだと錯覚している。

 

一度考えてみて欲しいのです。

もし、自分がカースト制の一番下に産まれたら?

娼婦にならないといけない人生、食事も教育も受けれない人生。

強制労働。

この文章を読まれる方は日本人、或いは日本語がわかる方なので、おそらく高い教育を受けた方たちだと思います。

あなたが着ている服は、おそらくあなたより安い労働力で作られたものでしょう。

あなたが食べた食品や飲んだコーヒーのいくつかはあなたより安い労働力で作られたものでしょう。

一日働いて、300円しかもらえない人もいるのです。

後進国だから、障がい者だから、安く使うのが普通だと言う考えは、ブラック企業の社長となんら変わりないのではないでしょうか?

不運な生まれを変えるチャンスはゼロではないのかもしれない。でも、果てし無くゼロに近い。これが現実です。この事実はどの国に生まれても同じです。多くが不平等で不自由だから他人にも強いるような考えよりは、皆が平等で、自由な世界を考えるほうが健康的で幸せだとおもいませんか?

 

この世の中は不平等です。

私も、

あなたも、

不平等に常にさらされて生きています。

不平等を作るのが人ならば、平等を作るのもまた、人。

あなたが毎日歩いているその道を作ったのも誰かの平等の精神の恩恵です。

私がこうして自分の意見を書く場所があるのもまたそうなのかも知れません。

自分が幸せになるには皆が幸せにならなければなりません。

しかし人は、周りの人間と比べ自分の幸せを図る愚かな生き物です。

でも、よく考えて欲しいのです。

他の誰かよりいい暮らしをしていることが幸せなの基準になりえますか?

人間の足りないと言う感覚は、人間に奪う事を学ばせます。

奪う事は幸せになることでしょうか?

戦争をして人類は豊かになりましたか?

 

幸せとは何か。平等とは何か。

 

人類の豊かさが、回りまわって今のあなたのところに来ていることをどうか忘れないでください。