引き続き日本の子で、私が北京に来る前の数ヶ月間付き合っていた子です。
HNがみさとで、出会い系(今は無きSweetBeech)で知り合いました。
関西出身の関西弁、アメリカの大学出て貿易関係の会社に派遣で行っていました。
グラマーでおっぱい星人の私の心を十分にくすぐったので、つきあうことになったのです。
月給二十数万円で半分くらいを家賃につぎ込み、親に仕送りもしていたので、生活が苦しいとの理由で出会い系でパパ探しを始めたようです。
最初の出会いは蒲田駅。
焼き肉が食べたいとのことで、初デートが焼肉屋になりました。(日本では、大変珍しいケースですね。)
焼肉を焼くのが得意だとのいことで彼女に焼肉を焼いてもらいながら条件交渉しました。
交渉しながら、胸元が気になってちらちら見ていたのですが、お手合わせお願いしたくなり、以降の交渉はラブホでとあいなりました。その日彼女は生理最終日であったのですが、おっぱいにまけてしまいました。弱い。。
交渉結果は、とりあえず都度で、額は北京の2倍程度と決まりましたが、今考えると高過ぎです。
彼女は、入れるのも好きですが、指のほうがいく事ができるということで、結構楽なHをしてましたが、当時私のH目的は快楽&運動不足の解消でしたので、半分しか目的を達成できてませんでした。 ただ、毎回いってくれましたので、そういう姿をみることは大きな楽しみとなっていました。
付き合ってまもなく私の北京行きが決まりました。
準備期間は3か月ありましたが、言い出せずに残り一か月を切ろうとしてました。
家賃延滞の話をよく聞いていましたので 彼女の貧乏生活がどうなるかが心配でした。
もっと安い家賃のところへ変えれば良いのに、とアドバイスしましたが引越しのお金がないとのこと。
悪い方に回っている貧乏歯車を思い切って逆転できない、因縁のようなものがあるのでしょうか。
本命1本命2にも同じ運命を感じますが、、、
日本ではどん底に向かう感じのみさとでしたが、同じ境遇でも北京の本命1本命2には、悲壮感は感じられません。 やっぱり、彼女たちより貧しい地方出身者がたくさんいるせいですね。。。
北京に来る2年半前のこと、東京単身赴任で退屈だったので、しばらく出会い系遊びをしていました。
真面目から援目的までいろいろあるのですが、当時風俗店に行く事にはには抵抗があったのですが、出会い系なら普通に会って久しぶりHできるので良いなと思い、援目的の子と会うことにしました。
新大久保のロッテリアで待ち合わせアイスコーヒーを頼んで待っていましたが、現れた子は、芸能人クラスの美形25歳の子でした。浜崎あゆみをさらに可愛くした感じで、ファッションはあゆ風。。 一緒に歩くことはどう考えてもアンバランス。 先方はどう思ったかわかりませんが、私は風俗店に行くくらい恥ずかしかったので、少し離れ気味で歩いていました。
彼女は熊本から出てきて一人くらしとのことで、たぶん生活費を稼ぐため出会い系をしていたようですが、まだ日は浅いと思われました。 現代っ子はスゴイなどオヤジ思考で考えながら、彼女の案内で西新宿方面に行って少しひなびた旅館風のところへ入りました。。 近くにはファッションHOTELもありましたので、財布にやさしい場所を紹介してくれる優しい子でした。ひとしきり身の上話などした後にセックスしましたが、性格と容姿が良い子とのHはいつでも、どこの国の子とでも気持ち良いものです。
今思えば、日本で出会った子の中では美形NO.1の子で、それが出会い系の一番最初に当たったので、出会い系はこれが普通!と勘違いしてしましました。その勘違いもあり、またその手の子の扱いかたも全く知らなかったオヤジでしたので、以降何度かメールを交換したっきり会うことはありませんでした。
単身赴任でさみしかったら、いつでも呼んでね
と言ってくれるのを、そのままストレートに考えればよかったのですが、変化球を投げてしまいました。 彼女にはたぶんお金持ちのパパがいっぱいいたはずで、オジサンが一人少なくなっても全く影響なかったのですね。
北京で、女の子たちの したたかで甘い罠にはまらないでいれるのは、日本でこの子を含め複数の若い子により免疫を得ることができたからでしょう。 でないと、私のようなまじめなエンジニア
は、真面目一本でいるか、完全にはまるかの道を歩むような気がします。