高尾山に登った。登山は人生初だ。
ルートは幾つかあるが先輩の勧めもあり中級者向けの6号路から山頂を目指すと決めた。
不安もあったが1人で登ることにした。理由はだれかに気を遣いながら登りたくないのと自分のペースで自然を感じながら登りたい。もしかしたら1人の空間、自分と自然が一体化した時、何者かわからない山の神様の様な声が聞こえてきたり、本当に天狗が現れたりするのではと幼稚的な思いがあったからだ。

高尾山口駅に降りるとすぐ登山口の入り口があった。山に囲まれた特有の空気の味、川のせせらぎ、出店に掛けてある風鈴の音が身体に染み、何も背負っていなかったまだ何も知らずに田舎で暮らしていた幼い頃の自分に戻れた気がした。
山を登り始めるとトンボや蝶々、イモリなど都心で生活をしていると出会うことはない動物たちが出迎えてくれた。人間以外の生命を持ったものが動いているのを見るのは久しぶりで普段生き急いでいる自負がある自分の在り方がおかしく思えた。
山中に入ってくると道が狭くなり足場も安定しずらくなってきた。蜘蛛の巣に蝶々が引っかかっている、水面から出た岩の上には天敵の蛙がいた。いつもは蛙を見た瞬間その姿と威圧感に体が震えるのだがなんだか様子がおかしい、片足は伸びきったままピクりともしない、たぶん干からびている。多分まだ山頂への半分にも到達していない、嫌な予感がした。

登山を舐めていた、自然と触れ合いながら現実逃避を楽しみながらできると思っていた。だんだん疲れてきてもう目線も足元を見るか前を見るかで周りの景色を見ながら登る余裕は無くなってきた。もし今、目の前に熊が現れたら詰むな、登山したから分かる、熊と対面しても1人ならなんとか撒ける自信もあったけれどこの足場と疲労では無理だ、そんなことを考えながら登っていた時だった。目の前に小さな木製のベンチがあり老人が休憩していた。軽装でおまけに足を組みながらアイコスを吸っていた。なんだこのおじいちゃんはと思いながら横を通ると軽く会釈をされた。こちらも軽く会釈を返した。
山頂までは体感ではあるが7、8割くらいは来た気がする。途中でいろんな人が立ち止まって休憩をしていた。みんな笑顔で挨拶をしてくれる、ぼくも苦手な笑顔を全力で作り挨拶を返す、そしてひたすら登る。しんどい、疲れた、そんな中頭に浮かぶのは料理のこと。料理の仕事を始めてから良いことよりも辛いことの方が多かった、まあ若いうちなんてどんな職業でも辛いと思うけど特に職人の世界はそうゆう世界だ。友人に会うと料理始めてから変わったなと言われる、それは多分悪い意味だ。自分でも分かる、口数も減ったし雰囲気も落ちてる。でも料理のことだけを考えることは楽しい、気合いが湧いてくる、自分のいい未来が想像できるから。
ガンっ、足が何かにつまづいた。自分の世界に入りすぎていて足元も意識の内に入っていなかったらしい。前をみると長い階段がある、これを登ればおそらく山頂だ。気づけば周りからは地上の風景がちらほら見える。木々も少なく風通しも良くなってきた。山頂についたら横になって空を見ながら雲の流れを観察しよう、そのままうたた寝をしてあわよくば天狗か山の神様に起こしてもらって、、そんな妄想を膨らませているうちに山頂についた。
山頂にはいろんなルートから登ってきた人がたくさんいた。思い描いていたシナリオ通りには行かなそうだ。自販機で炭酸を買って木陰で飲むことにした、これじゃ天狗にも山の神様にも会えないやと思ったけどそれでも山頂からの眺めは綺麗で心が澄んだ。明日からまた頑張ろうと思えた。

帰りはリフトに乗った。リフトのレールの線がキシキシと鳴る音とゆらゆら揺れるリフトが心地よくてこのままずっと乗っていたいと思った。
そういえば途中で会ったアイコスを吸っていたおじいちゃんは登れたのかな?他の登山客の方とは挨拶をしたけれどおじいちゃんとは目を合わせて会釈をしただけだったな。もしかして神様じゃないよな。アイコス吸ってたしな、うん、そんなわけない。