最近になって、ようやく島人の知り合いが出来て
ちょこっと話しするには良いんだけども
いきなり家来襲とか、いきなり数時間話しこむとか、せめて店に食事に来てるときは構わないでくれとか…
距離感が踏み込み過ぎててちょっと…と、島人の知り合いにやんわり相談してみたら
島だからね!!!
って…w

意識してるんなら、止めてくれよ…(´Д`)
と、思う私。
年配なら我慢してるけど、それすっと
ほぼ全部我慢になる
若者(若くも無いけど?)が外に出たがらなくなんないのだろーか。
あと、ようやく気が付いた事としては
約束ドタキャン、当日いきなり集合、普通。
連絡出来たのにしない、聞いたらすまんて返す
私が舐められてるだけかも知れん……が‼️
ひとりぼっち移住者なめてんのかっ…‼️
しん…
都合よく頼ったり、信じるのも疲れた。
でも頼らないと真面目に、物理的に無理な場面かなりある…
信じる、と言えば
昔、宗教勧誘のおばさまとよく話をしてて、仲良くしてて、短い付き合いだったけど面白かった。
建設的な、相手も私も否定し合わないで、不思議と話を続けられて心地よかった。
でも、いわゆる盲信している人とは逆に通じあわないというか…
会話が面白くない。
それが何故か?に、理解しようとしあわないのが、面白くないのかも。
例えば極論だけども、心霊現象とか。
彼らは絶対居る!
これこれの世界に存在している!
という譲らない人が苦手であって、
私は心霊現象は感じないけど、そゆ世界もあるといいかもねとは思う程度。
それ以上会話出来るかは
相手を好きか、思考に興味があるかによると思う。
会話の流れでは、
相手に譲ってあげれば、印象としては良いのかも知れない…
でも、譲らない人的には、全然信じてない(であろう)相手を許せるのか、信用するのか?って切実な問題じゃないのかな?
そこに「理解できない奴」への壁が有るんじゃなかろうか?
なればこその、簡単に「言わない」を選択するべきじゃないのだろうか?
選択しないならば、そこまでの自信を持って、発言し譲らないのでは。
そこに、相手側の相入れない精神を感じるから、踏み込みたくなくなる場合もある。
深読みかね。
逆に、相手がどう思ってるか、信じてるかとうかはどうでも良いのかも知れない。
それならば致し方あるまいw強く生きろと言うのみだ。(会話にならないやつか)
まぁ、今ちょっとメンタルダウン期なので
何してもつまらないので、呑んで寝るだけだ。

体調は良いけど、その分脳みそが死んでる感。
生きてるのが不可思議。

