毎日が慌ただしくすぎていくから、自分的にはもう6ヶ月くらいすぎたように感じます。。

三人での生活が始まってから、早速美空はお熱を出して5日も熱がさがりませんでしたあせる
夏風邪と言われたけど、さすがにお母さんには1日しか見てもらえず、私と旦那が2日ずつおやすみあせる
その後2週間とたたずにまたお熱。
2日様子をみていたものの、咳がひどくなり、びっくりして救急病院へ。
RSウィルスに感染し、重傷化して急性気管支炎になっていましたしょぼん
そこから1週間の入院。。。
美空は本当に辛そうで、本当にかわいそうだった。
なんでもっと早く気づけなかったんだろうととても自分が情けなくなった。。
仕事は、
それでも、

行った。

パパと交代で行った。

基本は常に私が病院に寝泊まり。
病院から会社に通った。

美空のウィルスがウツってきつかったけど、

頑張った。
朝ご飯をあげて会社へ行って、帰り即病院。ご飯をあげて寝かしつけて、自分は疲れ果ててそのまま寝る。お風呂は2日に一回だった。
洋服はパパにうちからとってきてもらった。

うちから病院までは3、40分かかる。

それでも仕事に行く自分にものすごくムカついて、
3日目に、明日辞めると言おう!!

と決心をした。

その次の会社の日。



ちょっとだけ皆の様子が違った。



入院していることは言っていたけど、それでも仕事は山のようだった。
のに、

少しだけ別の人に振ってもらえた。


帰り道、

唯一信頼していた先輩に、

我慢出来ずに課長達に話したって言われた。

なにを?

頭のなかは???だらけ。

残業できない理由があるのに無理して残業していること。
旦那への負担と、子供への罪悪感で精神的に参っていること。など。



それを聞いて一瞬
え??なんでそんなことまでしてくれるの?
と疑問に思った。


そして次に
すぐ涙が出てきた。



私を守ってくれる先輩がいた。
もう少しがんばろう。



そう思って

今日を過ごしています。

美空はまたいつお熱を出すかわからない。

でも、私は勇気を出して会社を休む!!


何日でも!!!!(笑)
今風邪が流行ってるの??

今週日曜に熱が39度にショック!救急で診てもらってもろくな薬を出してくれず、、、


そして月曜には
なんと

人生初の
40度代に突入!!!


ベッドから動けなかった。


でもなんとか一人で向かいの病院までたどり着き、

点滴打って、
薬を待っていたら。。。


急にめまいがして、

倒れた。



ここからはあまり記憶がないけれど、

車椅子で病院に強制送還。


血液検査と、
点滴2時間追加!


終わった頃に
ようやく頭が普通に戻り、
お家までなんとか帰れました。



でもね。
帰っても誰ひとり心配してくれなかった。。。


大丈夫?とか大変だった?とかない。


何もないかのように世間話を一方的に始める。


なんなの?
この思いやりのない感じ!!

こんなの初めてすぎて、

えーと、私風邪で熱があって、病院で倒れてって再度説明しようかなとも思ったくらい

もしうちの実家だったら、
そんなことになったら心配して飛んで帰ってきてくれて、
お母さんがおいしいおじやつくってくれて、
ポカリとかたくさん買っておいてくれて、
りんごすって、
プリンやらゼリーやらをたらふく準備してくれて

何時間かおきに様子みたり。。。


してくれるのに。。。


この冷酷な旦那の家族に

とてもショックを受けました。


やっぱり、
育った土地や環境がちがければ。

って。


いや、
これは絶対に変!

私にだけなのかもしれない。


逆の立場だったら私はどうしようか。

いくら嫌いでも、絶対に放置したり無視したりはしないのになぁ。


本当、
世間と、
心と、
常識が

狭い。


いろいろとショッキングな一日だった。。。
うちもパパの実家も今年は初盆のため、ばらばらに帰省することになりました。
美空はもちろん私と帰ります。

ただ、私もパパもお盆休みなんてありません。

普通に休みは土日だけです。

そこで、1、2日夏休みをとることに。

パパと同じ日に休まなければ、仕事行きながら一人で送り迎え&家事をしなくてはなりません、

結構きついです。。。



そして、、
パパは自分は休みが取りやすい職場なのをいいことに、私よりも長く実家にかえるつもりらしいです。


その間、私は美空と二人。。。


無事にいく気がしません。。


でも、なんとかしなければならないのです。


そうなのです。


そういえば、うちの父が亡くなってからまだ4ヶ月しかたっていないなぁ。

絶対に忘れることはないけれど、

日々の生活に精一杯で、

なんだか
結構前の事のように感じてしまいます。

お父さん

お父さんは、
私が美空を心配するように、私の事を心配してくれていたことと思います。

今でも心配していることでしょう。

お父さんがいなくなったのは、美空が生まれて8ヶ月くらいのことでした。

美空が生まれた時は、
体力がなく、抱っこがきついからといって、
ベビーラックに乗った美空をユラユラと揺らしてあやしてくれたよね。

美空はもう、
歩くようになったよ。


本棚のうえにあるお父さんの写真を指差して、

じぃじ

って言うよ。


もっと、私と美空と、
お母さんの
側にいてほしかったな。

お父さんは
いつも私に
頑張りすぎるな。
っていっていたよね

お父さんは、

頑張りすぎたよね

私や、家族のために。

でも頑張ってくれてありがとう。
大変な思いをさせてごめんね。

おかげで私は
お父さんのように、
一生懸命ってことを、
すごく大事に、
大切に感じているし、

逆に力を抜くことの重要性も学びました




初盆では、
神様になってから
初めてうちに帰ってくるんだよね。

美空も、私も、お姉ちゃんも、お母さんも、
みんなと会えるのを楽しみにしているよ!

でも、こういう時でしかなかなかみんなと集まれないって、
なんか
さみしいよね。

やっぱり、

私は地元が大好き。

いつも、
お父さんと、
お母さんと、
お姉ちゃんと、

近くにいていたいと思ってしまうのです。

子供だなぁ
と思うし、
実家の遠いパパと結婚したのは自分なのに、、、

自分のさみしい気持ちと、家族への罪悪感があって、

イマイチ心のどこかが

いつも

灰色で、


これでよかったのかと
自問自答し続けている今日この頃なのです。

お盆はやっぱり、
ゆっくり休んで、

みんなに元気をもらいに行こう!


そうだ。

それには、

仕事を片付けて行くしかないね。。。。

がんばろう。