istinkusのブログ

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全国の神社仏閣や古建築等を見て楽しむ会です。

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先日相模の一宮から五宮まで巡拝し最後に総社である大磯にある六所神社に詣でた。出雲地方よりこの地に氏族が移住し、櫛稲田姫命を祀ったのが始まり、拝殿の前には出雲大社のように太い〆縄が張ってある。お参りは4拍ではなく通常の2拍、社殿に上がり、正式参拝を行い、宮司の話を聞いた。5間社でそれぞれの間に相模五社の神々が祀られ、当社と併せて六社となる。石垣は野面積で後北条氏が寄進したものだ。国府祭(コウノマチ)といわれる祭は毎年55日に神揃山及び「大矢場」(馬場公園)で行われ、中心的な儀式「座問答」は一宮と二宮が虎の皮の座布団を少しずつ前へ出して一宮の地位を争うと云うものだ。相武(サガム)と磯長(シナガ)をあわせて相模国となった時に寒川神社と川匂神社のいずれを相模国一宮とするかで争った故事によるものとされる。宮司は縁起によると奈良時代に六所神社が出来たとの話だった。考古学的観点からは十二世紀の中頃に国府は平塚の四宮辺りから大磯に移ったものであり、その際に一宮を寒川神社に譲り、国司は六所神社を造って五社の分霊を祀り、巡拝の負担を軽減したのではないかと想像した。