A diary of Issie

Issieの日記

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式と文章

数式は「文の一部」である。したがって、数式混じりの文章が、数式で終わる場合には、その末尾にピリオド「.」を打つ。式と式の間にカンマ「,」を打つのも同じ理由である。

これは皆がノートを手書きで作る場合にも、是非取り入れてほしい約束である。私の生徒には言っているのだが。

最近、この約束に頓着しない人や書物が多くなってきているが、「点」や「丸」を疎かにしないのが、文章作りの正統である。


また、計算が長くなった場合には式を上下に、「=」を基準にして並べて書くのが正式な書き方である。

例えば


   2+10=3+9=4+8=6+6=12


などと横に並べて書くのではなく、


   2+10=3+9

        =4+8

        =6+6

        =12


とするのである。何故このような書き方をするかは、実際に長い計算をやってみれば、ただちに解るだろう。

すなわち、計算間違いを犯す可能性を格段に下がるのである。但し、残念ながら、書物では紙面の関係上、この書き方を徹底出来ない。


試験の答案で、解答欄に式だけを延々と書く人が多いが、これはあまり誉められたものではない。

初めに述べたように、「数式は文章の一部」であり、逆に文章も式で表現し難い部分を補うのである。

すなわち、相補的な関係にあるから、もっと②積極的に活用すべきである。


一番好くない例は、自分で適当に文字を決めて、勝手に計算を進める類の答案である。

これは採点者にはその文字や記号が、何を表しているか全く分からないので、僅かの誤りでも採点不可能になってしまう。使用する文字の説明や、式変形の一寸した省略などを、簡単に書き加えておけば、少々計算間違いをしていても、採点者は論理の流れを見失わないで、意外と各部分に得点が配当されるものである。


そして、何よりも解答者自らが、より容易に計算が確かめられるので、最終結果に至るまでの所要時間を短縮し得るのである。

「問題」を見出す力

テーマ数学と題してこちらも更新していきたいと思っています。

学校で教えられる問題は、既に誰かが解いたものばかりですね。

これを真面目に学ぶ事は、基礎的な力を養い、その後大きな発展の為には欠く事の出来ない修行であるといえるんじゃないのかな。

しかし、それだけではいけない。

問題を解くだけが数学ではないと思う。

問題を生み出すこと、これも数学。いやこれこそ数学の醍醐味です。

若し、自分自身の力で解けない問題であっても、それが面白い問題であれば(フェルマーの問題がそうであったように)

譬え、何百年掛かっても誰かが解いてくれるのです。

問題の解決者に栄誉が与えられる様に、問題の発見者にもそれ相当の栄誉が与えられる。

それが数学であり、学問なのであると私は思います。


では、どうしたら面白い問題を発見できるのだろう。

私は数学を必死で学ぶのと同様に、他の科目にも興味をもち、スポーツに興じ、音楽を愉しみ、芸術を鑑賞する。といった広い視野と絶えざる好奇心が大切であると思います。

何えを見たって、聞いたって

「これは何かに似ているぞ」とか「これは何かに利用できそうだ」とか

思わなければ、面白い筈がない。その為には、それをそれとして楽しめる強い②好奇心が必要なのです。


残念ながら、現在の制度の中では、問題を発見する能力だけでは、入試試験を通過出来ない。

然し、譬え合格者名簿に名前が載る事は無くとも、歴史の教科書に名前が載る事はあるかもしれない。

勿論、両方に載れれば言うことなしやけど、あまり欲深いのも失敗の基。

先ずはしっかりじっくり地道に行こう。ってこんな事受験を控えた生徒には言える筈も無いけど・・・(笑)


                               「虚数の情緒」から