大フクムライッセイ展
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この3ヶ月

3月11日の地震発生時、私は京都の山奥にいて全く揺れを感じなかった。
更には携帯も持ち合わせておらず、テレビやラジオ、新聞といったメディアからの情報が何も入らない状況の中ですごしていた。

なにやら事が起こっていると知ったのが発生3日後の14日の夜。
それでも、当時はまだ、まさかその後に知る状況であるとは何も知らなかった。

大きな地震があった。
津波で沢山の死者と行方不明者が出ている。
津波の影響で福島の原子力発電所がトラブっている。

何が起こっているのだろうか?
聞かされた言葉からは何が起こったのか、その時は全く想像がついていなかったかだろうと振り返ると想う。

あれから3ヶ月。

3月8日の帰国後、日本でお酒を飲んでも酔っぱらわない。
旅でお酒に強くなったのか?
そんなことはない。
なぜだろうかとずっと考えていた。

昔からの友人と酒を飲んでいたとき、同じ境遇にいると聞かされ、
同じ共通項を探すと『なるほど、地震の影響なんだ』と気がつく。

いや、今となっては地震ではない。

私の中では地震は出来事であってすでに希望へと向かわせている。
それは地震震災後に石巻で見た『必ずや、復興するぞ』と現地で強く生きる人たちからエネルギーをもらったから。
常に頭の中にある原子力発電所への不安。

やっぱり『核』はいらねぇ。

私が生まれる前からあったからといってもしょうがない、『原子力発電』というものを何となくしか考えてこなかった自分が悔しい。

忌野清志郎はとうの昔から叫んでいた。
更に先を読んだ題名…
『サマータイム・ブルース』
『RCサクセション サマータイムブルース~LOVE ME TENDER』(Youtube)
彼は予言者だったのではないだろうかとも想ってしまう。

新しい事実が明るみになる度に感じる恐怖。

そんな心底不安な今夜、映画を見た。

『ダフトパンク エレクトロマ』

フルフェイスのヘルメットに全身防護服といった格好の2人組が旅をする。
大人から子供まで他の登場人物も同じくフルフェイスのヘルメットに防護服姿。
会話音声なし。
映像と音楽で話をもっていく。

前情報を知らずに観ていたため映画の後半で彼らがロボットだと知るのだが、
映し出される映像はヘルメットに防護服で普通に生活をする人間たちの姿。

光景を観て想う。
もしかしたら今の日本もすでにそれが必要な状況なのかもしれない…
いや、今でないとして時間と共に事が起こっている環境に対する新しい技術でそのような姿になってしまったのか。
いずれにしてもそんな環境に置かれる。
防護服に囲まれた内部は空調機が搭載されているのか。
その電源は足下の道路との接触で送られているのであろう。

防護服に囲まれていれば直接に音も聞いていなければ、直接に光も見ていない。
外界から感じる皮膚の感覚もなし。
顔まで覆われているためお互い表情などわからない。
声を発する事なくマスクに搭載されたテレパシーで会話をしている。
感じるものが何もない。

感覚を失っていくということ。

もしかしたら人間がまだ何も身をまとっていない裸だった頃は私たちが失ってしまった感覚で『核』が危ないって知っていたかもしれない。

やっぱり『核』はいらないんだ。
今になって強く想う。

$大フクムライッセイ展
世界周遊中の2月、
出会った旅人が続く旅中に書いてくれた年賀状の返事をメキシコシティーから、彼の住むバンクーバーに送ったところ、4ヶ月越しに届いたと先日メールがあり、
送った側ながら嬉しくなってしまいました。
何が起こるかわからないからこそ未来が楽しみになる。
未来は楽しいんだ。
こんな未来をずっと観ていたいと願います。
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