定年退職まであと半年となりました。

 

介護の仕事 22年目

 

そして 悟りの道は27歳で出家して修行を開始してから32年目

 

禅寺を出てから、娑婆で修行を継続、生活をしながら問答を繰り返してきました

 

最近、あ~悟りとはこのことなんだなと感じている今日この頃

 

結論から言いますと、悟りとは何か光が見えたとか 神々しい体験をするとかではなかったのです

 

あの世とこの世を行き来するシステムを解明することでした。

 

死ぬと「生前」使っていた物を取っておくとかいいますが、

この「生前」~生まれる前に あれおかしいですよね 死んでるのに、、、 あの世に生まれるということなのか

この世が架空の世で、あの世が本来の生きる場所なのだということを言っているのです

 

この世は予備校で、あの世が本校だと

予備校で魂のレベルアップの予行演習をしておく

 

どんな演習かというと、生まれる前に自ら設定した試練に対して、人のせいにせず、自分のこととして耐え、感謝して乗り越える。さらに楽しむことができるとゴールだそうです。

そしたら、予備校は卒業であの世に生まれ変わると、、、

 

ここで大切なことはこの世の運命は自分で設定しているといいうこと。だから決して他のせいにできないのです。

そして人生のシナリオは生まれる前から決まっているので、じたばたせずに粛々と生きていく、慣れたら楽しむこと。

 

私は小学校のころからこの世に何か違和感を感じていました。何か誰にも分らない真実が隠されているような気がしていて、探求を始めました。ここに来てやっと解明できたと安堵しています。

 

定年退職後は、天に召されるまでせっかくなので人生を楽しみたいと思います 笑顔 文林 九拝

 

 

介護の仕事もあと1年半となりました。定年です。

並行して、禅の修行も働きながら継続中。

人の人生は決められている、、、

四柱推命という占いがあります。

よく当たります、何パーセントくらいあたりますか

実は本当の占いは生まれる日も死ぬ日も書いてあるそうです。

さらに1日の出来事もすべて。

今日はついていないな、何をやってもうまくしかない日ないですか?

調べると大殺界の日でしたなどなど

人が一番苦しむのは事故や災害に遭遇したときでしょう

あの時、ここを通らねければ、地震の時に里帰りしていなければ

でも避けられない なぜか 運命は決まっているからです。

実は運命が決まっていると感じた時、人は死にたくなるくらい落ち込みます。

生きる自由のない、選択できない人生を感じてしまうと絶望するのです。

さて、禅宗坊主は山に籠って何を修行しているのでしょうか

仏教は何を説いているのでしょうか

禅は、悟りの目的はなんなのか

私は、40年間探求してきました、、、

禅は人がなぜこの世に生まれて、死んでいくのかの目的は探す修行です。

悟った人はそれを見つけ、習得した人。

苦しんでいる、迷っている人を救済することが目的です。

苦しみとは人生が決まっていることに気づいてしまったこと。

天災は、事故、ケガ、病気などで気づくことが多いです。

耐え切れずに自殺する人もいます。

誰かが決めた人生 お釈迦様が決めたとしましょうか。

なぜ、私だけ苦しまないといけないのと感じることでしょう。

お釈迦様、ただ人を苦しめることが本当の目的でしょうか。

そんなことはしないと思います。何かを学んでほしいのだと思います。

そこで、修行の途中ではありますが、寺を出て30年修行してきた結果として、

私の現時点で得た悟りとしては、

「どんな生き方、人生もそのまま受け止めて、目の前の行動を心を込めて行うです」

禅の作法の一つ、茶道の作法はこの事を実践しているものです。

そして、題名に記した、「残心」は禅寺時代に学んだもので、

戸を閉める時に、閉め切った後にもう一度、戸を心を込めて押さえることを言い

残心の一例と学びました、今でも忘れられない教えです。

人生で大変なこと、一大事なこと、思うようにいかないこと、理不尽なことが

多いですが、そんな時こそ 「残心」の心で一つ一つの行いを心を込めて行うこと、

これが「悟り」であると思います。これがお釈迦様が学んでほしいことだと感じます。

 

 

弥勒菩薩とは釈迦如来の継承者

 

別名:布袋

別名:地蔵

仮の姿:デイサービス職員

そろそろ定年

禅寺修行を終えてかれこれ27年が過ぎました

 

最近、悟りも修得し暇な日々を過ごしています

 

 

 

何もない、何もないからすばらしい

私が口永良部島に住んでいた時に感じた離島での生活。

素で生きていればこそ感じる幸せもありますね。

今は、ケアマネの仕事に没頭して、コロナに翻弄される毎日。

電話一本から状況が一転することが多い仕事です。

まあ、私の場合は仕事とは思ったことは一度もなく、

利用者との出会いは人生の出会いとして受け止めて

共に生きているという接し方のみではあります。

なので一人で抱え込むのではなく、利用者、家族と共に同じ

土俵で、親戚のような親近感で対応しています。

 

禅で言うところの「分別を失くす」が悟りの本来の面目と学びました。

寺を出てからずっとこのことから離れたことはありませんが、

日常の仕事のなか、子育てのなか、生活のなかから学ぶことは多いです。

実は、人生は分別、選択、こうあるべきだという囚われからの脱却が最大の目的です。

全ての苦しみが分別から発生しているのがその理由です。

生き方の理想をもとめ探求しながら、実はその理想を選択することが苦しみだという

この悪循環の渦に巻き込まれもがき苦しみ、、、

行きついたところが、「自然体」という言葉です。

人は「考える葦」といいますが、人以外は何も選択することなく、なすがままの自然体。

人以外はすでに「自然」という悟りに浸かっているということですね。

 

「あ~あ~、川の流れのように~」とい美空ひばりの歌詞が大好きです。

人も流されるまま、自然に生きたいものです。

 

       文林 九拝

 

コロナ感染に効くと言われるこの二つの紹介

紫外線が強くなる季節になりました。

コロナウイルスの活動が低下するそうです。

とにかく夏になれば少しは感染が収まるよう願いたいです。

そして、ポリフェノールが免疫力をUPすると聞いて、

私はカカオ86%のチョコとコーヒーをかかさず摂取しています。

さらに山田養蜂場のレスベラトロールをお勧めします。

ポリフェノールが一杯摂取できますよ。

      常照文林  九拝