昨日、もうずいぶん前のドラマ「聖者の行進」を一気に観た。
これは実際に茨城県の水戸市であった事件アカス事件(水戸事件)を題材に作ったドラマです。
事件の概要を調べて観たので、感じ方も少し違いました。
このドラマで心に残る場面があった。
教師役の酒井法子さんが裁判を起こすために、工場で働く子供たちの親に裁判の協力を求め走り回る。
しかし、どの親も反応は冷ややか。
そこで挫けて、「もっと強くなりたいですね。」と弁護士役のいかりや長介さんに嘆く。
するといかりや長介さんが言った。
「強くなることはないんです。弱い自分に苦しむことが大事なことなんです。
人は元々、弱い生き物なんです。それなのに心の苦しみから逃れようと強くなろうとする。
強くなるということは鈍くなるということなんです。痛みに鈍感になるということなんです。
自分の痛みにも鈍感になうということは、人の痛みにも鈍感になる。
自分が強いと錯覚した人間は他人を攻撃する。痛みに鈍感になり、やさしさを失う。
いいんですよ、弱いまんまで。
自分の弱さと向き合い、それを大事になさい。人間は弱いまんまでいいんです。」
このセリフが今の自分にストレートに届いた。
いつも、どこかで強くなろうと、強さを求める自分がいる。
その結果、背伸びをして、無理をして。
気がつけば、ぼろぼろの自分がそこにいる。
「~弱いまんまでいいんです。」
何かこの言葉で進んでいく勇気が持てた昨日でした。
これは実際に茨城県の水戸市であった事件アカス事件(水戸事件)を題材に作ったドラマです。
事件の概要を調べて観たので、感じ方も少し違いました。
このドラマで心に残る場面があった。
教師役の酒井法子さんが裁判を起こすために、工場で働く子供たちの親に裁判の協力を求め走り回る。
しかし、どの親も反応は冷ややか。
そこで挫けて、「もっと強くなりたいですね。」と弁護士役のいかりや長介さんに嘆く。
するといかりや長介さんが言った。
「強くなることはないんです。弱い自分に苦しむことが大事なことなんです。
人は元々、弱い生き物なんです。それなのに心の苦しみから逃れようと強くなろうとする。
強くなるということは鈍くなるということなんです。痛みに鈍感になるということなんです。
自分の痛みにも鈍感になうということは、人の痛みにも鈍感になる。
自分が強いと錯覚した人間は他人を攻撃する。痛みに鈍感になり、やさしさを失う。
いいんですよ、弱いまんまで。
自分の弱さと向き合い、それを大事になさい。人間は弱いまんまでいいんです。」
このセリフが今の自分にストレートに届いた。
いつも、どこかで強くなろうと、強さを求める自分がいる。
その結果、背伸びをして、無理をして。
気がつけば、ぼろぼろの自分がそこにいる。
「~弱いまんまでいいんです。」
何かこの言葉で進んでいく勇気が持てた昨日でした。