自分が生み出した作品に対して

感動してくれたり

幸せをもらえたと言ってくれたり

お金を支払いたいと言って払ってくれたり


そういうことは
過去何度もあったんだ


そこで、
嬉しいなー!
ありがとう!!


で、終わってたことに気づく



いや、、

嬉しいなー!
ありがとう!!


って思いながらも

あんな作品だけど大丈夫だったのかな
社交辞令で言ってくれてるんだろうな
義理かも

ってなぜか勝手に不信感を
まとわせていたことにも気づく


なので、

過去の作品とか

あまり人にドドーーーン!と
勢い持って見せるというよりは、

コッソリ、、、

ありますょ、みたいな作品群


コソコソ、出していたように思う。



昨日、どうしても自分を振り返らないと
ならないことがあり、

ゾワゾワしながら過去経歴を書いて、

どこにあるんだーと慌てて過去の作品を
探したりしていたら、


改めて色んな面白いことを一生懸命に
やってきていた自分

(そしてそれに責任持てず目をつぶってた自分)

に出会ってこみ上げるものがあった。



なんでスルーしてきたのだろう

その時々で、私にしか生み出せないもの達なのに。



もっと自分を褒めてやって良かったじゃないの。



素敵だと言ってくれた友達の言葉を
もっと正面から受け取って、
噛み締めて、
それでどんな気持ちに自分がなるのかを
味わったってよかったではないか。


味わうのは自由


歓喜するのも自由


誇りに思うのも自由



なのに

否定されたらどうしよう
こんなん人前に出すようなものじゃない
恥ずかしい
かっこわるい

って色々理由つけて決めつけて
作品生み出したあとは
無責任に奥に隠れてあまり見ないようにした
周りの声は馬耳東風。。



けれども、今それを気づけた


友達が作ってくれた、
とあるプロジェクトのプレゼン用の
私の過去経歴と作品群を
朝一にメールで見て、素敵でテンション上がった。
自分の経歴も作品も素敵だったのだ。


今朝は、

これから開業する友達が

私が描いた文字を、
ページのアイコンに使わせて欲しいという
メッセージも来てたりと、

この気づきを持って味わうタイミングを
たくさんいただけている。


友達と共同創造出来ること

それは社交辞令なんかではないミラクルなのだ



嬉しいな〜、の、その先。

その先の本心の部分をのぞいてみようと思う。


みんな幸せにしてくれてありがとう!!!


過去作品
丸火アートピクニック展示

旦那作の椅子&テーブルにペイント

天板は黒板&マグネットペイントになってるので、
チョークでお絵描きしたり、
マグネット付きのオモチャを貼ったりして
遊べる仕様。

イベント後の写真
たっぷり遊んでくれた感が溢れていた!