生きる意味について


これは間違いない!と

改めて確信したことがあった。



それはやはり

『体感』

ということだなあ。




息が出来て

人やモノに触れられて

味わってみたり

咀嚼したり

目で見たり

ぬくもりを感じたり

苛立ってみたり

嫌いになってみたり

冷たかったり

風邪ひいたり


ラジバンダリ。は、もういっか。




死んでしまったら
もちろんそれらはなくなり、


そして死んだ相手から
ぬくもりや感触、声、視線、を
感じることは出来ない。



『体感』

をするために

今、ココに生きている。

ということは
間違いないんじゃないかと。



自分の体感もありがたいが、
相手から受け取る体感も
とってもありがたい。


旦那のぬくもり、
(熱いほどのやつ笑)
心臓の音(強めのやつ笑)

今、の体感。

ありがたい布団の中の朝。




学校に対して緊張する!という娘。

なんで緊張するのか聞くの忘れたが、


緊張出来るなんて生きてる証拠だ!!

緊張を味わえるなんて!

生きてるね、私たち!!!

息もしている!!!

とウザイくらいの感動をつたえる母(ワタシ)

(また理由を聞いてあげよう^ ^)

娘は、、、伝わったか分からんが、
大丈夫だったかな。

緊張でお腹も痛くなるかも知らないけど
家に一人でいたら、出来ない体感ではある。

それが良いとか悪いとかではなくて
体感として、そこにある。



(娘はどう感じたかは本人次第なのでさておき)

そんな風に考えたらば


目の前の全てや
体感が
また違ったものとして
迫ってくる。


生きてます

息してます

ありがとう。



日常は、やはりワンダーランドだな。


常にカタチを変えて行く
そんな様子は見ていて飽きないねー