こんにちは!!
昨年話題となった電通過労死事件に際し、元電通社員(2001年〜2015年)の前田将多氏と元博報堂社員(1997年〜2001年)の中川淳一郎氏が実名で広告業界の実情についてブログに投稿されました。
該当記事は以下の通りです。
月間ショータ「広告業界という無法地帯へ」
http://monthly-shota.hatenablog.com/entry/2016/10/20/214026
おはよウサギ!「電通新入社員が自殺 広告業界に蔓延するクソ長時間労働の根深い実態を書いておく」
http://jnakagawa.blog.jp/archives/1061586847.html
ちなみに博報堂とは、広告業界2位の企業です。
この2記事を読んで私が感じたのは、世間で騒がれているように電通がブラック企業だ、と言うのは正確な表現ではなく、広告業界が構造的にブラックなんじゃないかな、と言うことです。
まあネット上の記事を鵜呑みにするのもあんまり良くないんですが、私は以下の点から、ある程度これらの記事は信用できるだろう、と思います。
・元社員が実名で会社の実情について投稿しているから。しかも会社を持ち上げる内容ではないので、あからさまな虚偽を書いた場合えらい事になる、はず。
・ほとんど働いてる期間も会社も違うにも関わらず、お二方(この表現でいいのかな…)が業界について指摘されている事はほぼ一致するから。
と言う事で!これらの記事を読んで自分なりに考えた事を書いていこうと思います!
まず、今回の過労死事件で注目された電通の長時間労働、そもそも何でそんなに働かないといけないんだ?という理由について書いてみます。
【①広告という商品は客観的な良し悪しの指標がない。なので「考え抜いた時間が長い方が良い」とされるから】
例えば自動車部品工場とかなら、納入先の完成車メーカーが求める規格を満たせば良いわけです。イメージですが高温耐性、硬度、防音機能とかじゃないですかね。
一方良い広告って完全に見る人の主観に拠るので、プロが作ったものでも最大手が手掛けたものでも良いかどうかなんて分からない訳です。
それでも、「良し悪しなんて分からないよね〜」では仕事にならないので、何らかのモノサシが要るんだと思います。その為か、広告業界には「限界まで頑張った事」が一つの良い仕事をしたと言う指標になっているようです。
…なんか偉そうなこと言ってすみません。(-_-)要は以下の文章を読んで私が抱いた感想です。私自身は広告とかキャッチコピー作りは興味がないのでよく分からないですね。
《前田将多氏の記事引用》
長時間残業が減らない理由をもうひとつ挙げるなら、アイデアという無形のものを扱っているため、企画においては「これで完成」ということがない。 コピーを考えるにしても、あと一時間考えたらもっといいモノが書けるのではないか、これでいいのだろうか? という疑念は常に脳裏を離れることがない。(中略)それを根性論と片付けることもできるし、確かに根性論で成果を上げている先輩もいたから、体育会系が大嫌いな僕のような軟弱な人間でも、一目は置かざるを得ないのだ。
もちろん勤務時間に含めることはしないが、夜中にベッドの中で何事かを思い付いて、起き上がってメモするような経験は、この仕事をしている者なら誰しもあったはずだ。
《中川淳一郎氏の記事引用》
プレゼンが月曜日の朝10時だとしましょう。その場合に、チームが考えるのは、「タクシーの移動時間が30分。クライアント用資料のプリントアウトに40分かかる。企画書の修正には1時間ほど見ておこう。よって、この会議を終わらせるのは7時50分だ」みたいなことになるのです。
要するに「最後まで考え抜いた」ことが重要であり、そうしたスタンスで仕事をやれば勝てるのだ、と考えている節があるのです。(中略)
この「最後まで頑張る(悪あがきをする)」ことは、当然残業時間の激増を意味するわけですよ。
(中略)
こうした大人数が集まるだけに、なかなか時間の都合がつかず、「27時からですね」なんてことになる。すると、妙に高揚しているエラいオッサンがいるわけですよ。「いやぁ、オレら、パッツンパッツンだよなぁ」「3時ってなんだよw」みたいに。しかし、本来会議に参加する必要もない若者からすれば「私は21時に仕事が終わっていたのに、6時間も無為な『仕事してるふり』の時間を過ごさせられた…」と思う。しかし、文句を言おうにもなかなか言えない。それは以下に続く。
です。彼らはクライアント、そして昨今続出する「クレームをつけてCMオンエア中止に追い込む」一般人に対してめっぽう弱い。陰謀論はかなり誇張されたものです。(中略)
昨年話題となった電通過労死事件に際し、元電通社員(2001年〜2015年)の前田将多氏と元博報堂社員(1997年〜2001年)の中川淳一郎氏が実名で広告業界の実情についてブログに投稿されました。
該当記事は以下の通りです。
月間ショータ「広告業界という無法地帯へ」
http://monthly-shota.hatenablog.com/entry/2016/10/20/214026
おはよウサギ!「電通新入社員が自殺 広告業界に蔓延するクソ長時間労働の根深い実態を書いておく」
http://jnakagawa.blog.jp/archives/1061586847.html
ちなみに博報堂とは、広告業界2位の企業です。
この2記事を読んで私が感じたのは、世間で騒がれているように電通がブラック企業だ、と言うのは正確な表現ではなく、広告業界が構造的にブラックなんじゃないかな、と言うことです。
まあネット上の記事を鵜呑みにするのもあんまり良くないんですが、私は以下の点から、ある程度これらの記事は信用できるだろう、と思います。
・元社員が実名で会社の実情について投稿しているから。しかも会社を持ち上げる内容ではないので、あからさまな虚偽を書いた場合えらい事になる、はず。
・ほとんど働いてる期間も会社も違うにも関わらず、お二方(この表現でいいのかな…)が業界について指摘されている事はほぼ一致するから。
と言う事で!これらの記事を読んで自分なりに考えた事を書いていこうと思います!
まず、今回の過労死事件で注目された電通の長時間労働、そもそも何でそんなに働かないといけないんだ?という理由について書いてみます。
【①広告という商品は客観的な良し悪しの指標がない。なので「考え抜いた時間が長い方が良い」とされるから】
例えば自動車部品工場とかなら、納入先の完成車メーカーが求める規格を満たせば良いわけです。イメージですが高温耐性、硬度、防音機能とかじゃないですかね。
一方良い広告って完全に見る人の主観に拠るので、プロが作ったものでも最大手が手掛けたものでも良いかどうかなんて分からない訳です。
それでも、「良し悪しなんて分からないよね〜」では仕事にならないので、何らかのモノサシが要るんだと思います。その為か、広告業界には「限界まで頑張った事」が一つの良い仕事をしたと言う指標になっているようです。
…なんか偉そうなこと言ってすみません。(-_-)要は以下の文章を読んで私が抱いた感想です。私自身は広告とかキャッチコピー作りは興味がないのでよく分からないですね。
《前田将多氏の記事引用》
長時間残業が減らない理由をもうひとつ挙げるなら、アイデアという無形のものを扱っているため、企画においては「これで完成」ということがない。 コピーを考えるにしても、あと一時間考えたらもっといいモノが書けるのではないか、これでいいのだろうか? という疑念は常に脳裏を離れることがない。(中略)それを根性論と片付けることもできるし、確かに根性論で成果を上げている先輩もいたから、体育会系が大嫌いな僕のような軟弱な人間でも、一目は置かざるを得ないのだ。
もちろん勤務時間に含めることはしないが、夜中にベッドの中で何事かを思い付いて、起き上がってメモするような経験は、この仕事をしている者なら誰しもあったはずだ。
《中川淳一郎氏の記事引用》
プレゼンが月曜日の朝10時だとしましょう。その場合に、チームが考えるのは、「タクシーの移動時間が30分。クライアント用資料のプリントアウトに40分かかる。企画書の修正には1時間ほど見ておこう。よって、この会議を終わらせるのは7時50分だ」みたいなことになるのです。
要するに「最後まで考え抜いた」ことが重要であり、そうしたスタンスで仕事をやれば勝てるのだ、と考えている節があるのです。(中略)
この「最後まで頑張る(悪あがきをする)」ことは、当然残業時間の激増を意味するわけですよ。
(中略)
こうした大人数が集まるだけに、なかなか時間の都合がつかず、「27時からですね」なんてことになる。すると、妙に高揚しているエラいオッサンがいるわけですよ。「いやぁ、オレら、パッツンパッツンだよなぁ」「3時ってなんだよw」みたいに。しかし、本来会議に参加する必要もない若者からすれば「私は21時に仕事が終わっていたのに、6時間も無為な『仕事してるふり』の時間を過ごさせられた…」と思う。しかし、文句を言おうにもなかなか言えない。それは以下に続く。
■ワシも若い頃は残業が多かった、だからお前もできるはずだ
まさにこの通りです。広告業界のオッサンは、いかに長時間労働をしたかや、寝なかったかを自慢し、「寝ない=エラい」「残業長い=有能」といった判断をします。
【②広告はどこに依頼しても同じ。(この広告代理店でしか出来ないこと、は基本ない)
なので顧客企業が圧倒的に強い、無茶を言える立場にあるから】
まさにこの通りです。広告業界のオッサンは、いかに長時間労働をしたかや、寝なかったかを自慢し、「寝ない=エラい」「残業長い=有能」といった判断をします。
【②広告はどこに依頼しても同じ。(この広告代理店でしか出来ないこと、は基本ない)
なので顧客企業が圧倒的に強い、無茶を言える立場にあるから】
世間一般では、電通は世論を操作したり影の権力者みたいなイメージを持たれているようですが、お二方ともその点は否定しています。むしろ顧客企業(よくCM出してる花王とかトヨタですかね)の奴隷であると言うのが共通見解です。
(ただ、個人的にはテレビ局に影響力を持ってるのは事実じゃないかなあ、と思います。新聞なら購読料収入があるので広告代理店の批判記事も書けますが、広告料収入がメインのテレビではあんまり電通を批判する番組ってなかった気がしたので…)
以下引用です。
《前田将多氏の記事引用》
長時間勤務の問題は、電通上層部が何十年にも渡り頭を悩ませてきたことだ。
そこまで悩むならいい加減解決策を出せ、と言われるだろうが、そうはいかない。
理由のひとつは、「電通は自社でモノを作って売っている会社ではない」ということだ。(中略)広告業界というのはクライアント企業から仕事を請けて初めて仕事が発生する受注産業である。(中略)
先人たちの努力により「大抵のことはやり遂げてくれる」との評価を築いた電通は、いつしか「どんな無理を言ってもいい存在」に成り下がってしまった。
日本企業の広告宣伝部、広報といった部署が重要視され肥大化する中で、広告主の発言権が際限なく大きくなってしまい、キーマンをあたかも神のように扱うのが広告業界の悪癖となってしまった。もちろん、靴を舐めるようにして増長を許してきた電通、博報堂を始め、各広告会社の責任も免れないだろう。拝跪して言われたことを聞き、ノタ打ち回って仕事を完遂することが優れたサービスだとして競争してきた結果が、今日の姿だ。
電通の社員に灰皿を投げつける人、ボケカス無能と大声で面罵する人、そうやって高給取りの電通社員を足蹴にして悦に入るような人間が、日本のあちこちの企業にいる。あちこちにいて、今回の騒ぎについて知らぬ顔を決め込んでいる。
正月休みの前に課題を投げつけて、休み明けに提出させる。盆もそう、ゴールデンウィークもそう、週末もそう。
《中川淳一郎氏の記事引用》
なぜ、そんなことになるのかといえば、大いに影響するのが「所詮は下請け業者」である点です。ネットでは電通が日本の政財界すべてを牛耳り、猛暑やゲリラ豪雨まで電通が仕掛けたといった「ぬえ」のような存在として扱われていますが、実態として私が感じるのは、
客に対して忠義を徹底的に尽くす社畜集団です。彼らはクライアント、そして昨今続出する「クレームをつけてCMオンエア中止に追い込む」一般人に対してめっぽう弱い。陰謀論はかなり誇張されたものです。(中略)
こうした立場があるだけに、クライアントに対しては「御社のために誠心誠意頑張ってます! 電通の(博報堂の)総合力を挙げて御社の新商品、『ニオワナイZ』のトータルコミュニケーションプランを考えさせていただきます!」みたいな姿勢を取る。(中略)営業が日々、クライアントから切られないよう配慮とペコペコプレイを重ねている中、そのプロジェクトにかかわったスタッフもかなりの荷重を強いられます。
【まとめ】
出来の悪い卒論みたいに引用ばっかになりましたね…。私が引用しなかった部分にも凄く興味深い話が沢山あるので、実際に両氏の記事を読んでみる事をお勧めします。
今回は書きませんでしたが、少なくとも残業代は出ている電通・博報堂に対して、その下請け広告企業は全く注目されてない事、また社員に負担を強いる顧客企業の姿勢など、報道されてない問題は沢山あると思います。
今回は単なるブログ感想みたいになりましたが、今後時間があれば他の業界研究とかやってみようと思います。それでは。