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今日は、妊活中のことを
振り返ってみようと思います。
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子どもが欲しいかも‥と思い始めたのは
40歳の頃。
もう遅いよなぁ‥と思いながらも、
不妊治療すれば授かるだろうと
どこかで思っていた あの頃。
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一般的に、先が見えないトンネルって
不妊治療をよく例えるけど、
どうしてそんな気持ちになるのか
私は全然わかっていなかった。
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あの辛さ、惨めさというか‥
自分が不良品のような、
高齢の自分を責めるようなあの気持ち。
隣にいる夫ですら、
きっと理解できない![]()
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不妊治療を始めてから、
周囲の悪気のない言葉が
どれだけ私の心に突き刺さったか。
それに平気なフリして対応するのも
どんなに心がすり減ったか。
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悪気はないんだろうけど
無知という悪であると私は思います。
私は、普段立ち飲み屋を経営してるので、
カウンターの真ん中に立って
接客しています。
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不特定多数の人が たくさん聴いてる前で
こんなことを言う人もいた👇笑
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◆60代男性
おっさん「◯◯さん(私)結婚して何年や?」
わたし 「15年になりますねー」
おっさん「そらいい加減、子ども作らな!
. 子どもできへんのか?
. かわいいでー、自分の子は。」
わたし 「‥‥
」
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こんなことを みーんなが見てる前で
言う無神経さ。笑
まぁ、笑顔で適当に流したけど
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◆30代女性
妊活〜妊娠陽性に至り、
お酒を控えていた期間がありました。
稽留流産と診断された日に
夫と2人だけで"頑張った会"をしようって
地元から離れたお店まで出向いて
(人と会いたくないので)
お酒を飲んでいた日。
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偶然、そのお店で出会わせてしまった
女友達が一言。
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女友達「なんやー!お酒飲んでるやーん!
. お酒控えてるっぽかったから
. 子供できたんかなー!ってみんなで
. 話してたんよー!笑
. 体調悪かっただけかー、笑」と笑う。
わたし「‥‥
」
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◆50代男性
おっさん「◯◯さん(私)は子供おらんの?」
わたし 「そうですねー」
おっさん「いらんの?作らんの?できんの?」
わたし 「‥
」
おっさん「ほな、これからも
. 仕事バンバンできてええやん。
. ウチの子達はなー◯◯‥‥」
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みんなの前でこんなことを。
もちろん、私がそこでどう返事するか、
周りの人間は 見ているわけです。
絶句しました。笑
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何度もクリニックに通って、
仕事の調整をして、
お薬飲んで自己注射して。
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陽性反応が出た後でさえ
心拍が見えなくて毎日不安で、
祈るように頻繁に通院して。
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いろんなものを我慢して
周りにバレないようたくさんの嘘をついて。
高齢になるまで妊活を後回しにしてきた
自分を死ぬほど後悔して。
それでも平気なフリで笑顔を作って
仕事して。
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生理が来る度に
もう無理なのか、それとも望みをつないで
治療を続けて良いのか迷う日々。
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誰にでも
欲しい時に子どもが来るわけではありません。
欲しい時に来ず、
欲しくない時に来ることもある。
そういうものが、妊娠だと私は思います。
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当然のように
結婚してすぐ子供を授かって
出産、育児に入った人たちには
想像すらできないことだと思います。
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でも、自分が
想像すらできてないということを
知っておくことはできると思うんですよね。
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私は、子どもを授かること、
お腹の中で育ってくれること、
無事に生まれてきてくれること、
それが当たり前ではないことを
この不妊治療で知りました。
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だからこそ、
妊娠してることや
妊娠、出産が素晴らしいとか
そういうことは
夫以外とは話したくありません。
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妊娠継続できてから、
喜びからなのか
夫が周りにこんな話することがあります。
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「子供できるってええで。俺らも頑張ったし、
. 諦めることないで」って。
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夫は素直にそう言ってるんだけど
私は見ていて心配になります![]()
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何がなく言葉を放ったその日が
その人にとっては
リセットした日だったり
流産した日や
採卵できなかった日かもしれない。
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受精しなかったと報告された日や
子宮内膜が分厚くなくて
胚移植できなかったとか‥。
人にそのとって どんな日なのか
私達には見えないから。
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これは、妊娠・出産に関わらず
他のジャンルのことでも
同じかもしれません。
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マイノリティ側に立つ人は、
好んでその立場にいるわけじゃない
こともある。
自らの意思で
それを選んでいる場合は別だけど。
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ほんとに他人の生活は
目に見えない。
自分の当たり前が 当たり前でないことが
ほんとにたくさんある。
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そんなことを学んだ
妊活期間だったように思います![]()