通称、「カリフォルニア・コメット(カリフォルニアの彗星)」、「レッド・ブレット(赤い弾丸)」、
ついたあだ名は数知れず。

常識外れの追い込みを得意とした全米歴代随一の追い込み馬、シルキーサリバン。
米国ではあのシービスケットやマンノウォー、セクレタリアトと並んで一般大衆に知られるほどの人気を誇り、その凄まじいレースぶりが今日でも伝説的に語られるほど。
日本でも以前から一部の熱狂的な競馬マニアの間では”競馬史上最強の追い込み馬”として名を
知られるところだったが、近年Webや雑誌等でも取り上げられるようになったのでご存知の方も多いだろう。
(最期の項でレース動画(Youtube)を紹介しているので、まだ見てない方は是非ご覧頂きたい)

 

1300m(ダート)のスプリント戦で馬群から30馬身も40馬身も離れたとんでもない位置から追い込みをかける”無謀”ぶりといい、その常識を覆す狂的なマクリぶりは・・・とにかく凄まじい、の一言。
競馬場コースの砂という砂を巻き上げて狂った暴走機関車のように突進してくる姿は圧巻で、異様さを感じるほどだ。
一緒に走る騎手の間では「次のレースから追い込んでくる」と恐れられたそうだが、あれだけ別次元の猛追だと道を譲らなければ吹き飛ばされてしまうと、本気に思える。

2歳の時にゴールデンゲート競馬場のゴールデンゲート・フューテュリティSで、先頭から27馬身もの大差がつけられながらそこから大逆転したのを皮切りに、ケンタッキーダービーの前哨戦サンタアニタ・ダービーでは28馬身差から猛追を見せて大逆転勝利。また別のレースでは41馬身差をひっくり返すなど、途方もない遠方に食い下がってから追い込みをかける独特のレーススタイルは普段から行われていたものである。あるレースでは他馬が4コーナーを通過した際、シルキーサリバンは32馬身差も後方にいたが、勝ち馬がゴールした時にわずか2馬身差までつめよっていたこともあった。たまたま居合わせた競馬関係者がこの時のダート1ハロンを計測していて、そのタイムはなんと”10秒4”だった。
     

絶頂時にはラスト2ハロンを20秒フラット(時速72Km)で走ったこともあったそうで、これは1945年にダート400m戦で記録されたサラブレッドの最高速度(時速70.6Km)を超える超絶的なものだった。

     
数多くの名馬の手綱を握った名騎手ウィリー・シューメーカーは、シルキーサリバンに騎乗した際、新聞記者にこんなことを話している。
「彼に乗る時は、必ず2つのことに注意しなければならない。
 まずどんなことがあっても最初の800mは馬の好きにさせること。
 間違っても馬を追うようなマネはしてはいけない。たとえ、馬が歩いていたとしてもね。
 それが出来たら後は簡単だ。馬から落ちないように必死にしがみついておくだけだから」



via  http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Oak/2817/horse/horseSP12.html