真面目な事を書きたい時、アメブロに戻りたくなる。
星野源さんのラジオを聴きながら、これを書いている。真面目で、ぐだらなくて、楽しい。そんなこの方のラジオを聴きながら。
ついこの間に感じる数年前、看護師免許を取った。
憧れや、期待、不安、まだ働きたくないなぁという甘え。こういうもので私の中はいっぱいやった。
そして、入職。
憧れの分野、今後を考えて選んだ職場でもあった。
自分には難しい場所だということは承知の上で。
師長さんに、「辞めさせてください」と言いに行ったのは
あまりにも早い時期やった。
実質、臨床で働いたのは半年にも満たない期間。
先輩と一緒にする夜勤が終わる頃、次は独り立ちかというタイミングやった。
出来ない、怖い、自分が危うい、とにかく夜勤は出来ない、逃げたい、一刻も早く逃げ出したい
そんな思いに支配された頭とメンタルで、仕事を続けられる状況になかった。振り返っても、そう思う。
そして、数ヶ月バイトしたり遊んだり
休息期間は楽しいばかりではなく、考えて考えて、よく悩み、考えて考えた期間やった。
もう、向いてない事が分かったし未練もない。看護師はもうしない!
そう決めて、辞めたのに
休息期間に思う事と言えば
学生時代に応援してくれた人達のこと
自分がしてきた努力と、かけてきた時間、かけてもらったお金のこと
本当はあの場所で、カッコいい看護師になりたかった。もう、なりたかった自分にはなれないのかという後悔
そして、私が選んだ道は
憧れとは離れるけれど、分野を変えて、看護師を続ける道やった。
就活をして、再就職。1年目として再スタートをして、今はその職場の2年目。
現在、看護師2年目、23歳。
「ADHDの可能性が高いです。」
心療内科でそう言われたのは、23歳になったくらいの時やったか。
ちょっと話を聞いてもらって、
ペラ一枚の紙にチェックを入れて、
「点数高いです。やはり可能性は高いです。」
(ADHDは発達障害のひとつで、その中でも症状は様々。この時の先生によると病気ではないらしい。)
仕事が出来ない事の相談でもなく、
メンタルが落ちてきた訳でもなく、
睡眠の異常について軽い気持ちで受診した私は
ADHDだなんて言われても
は????なんなの????今???23歳やよ私??嫌です!無理です!
ボーッとそんな事を考えていた。
ボーッとしながらも、ちゃんと話を聞くと
大人になって、働き始めて気付く
いわゆる「大人のADHD」というパターンも多いとの趣旨のことを言うているようだった。
全てにおいて、友達よりも少しだけ遅い
全てにおいて、友達よりも少しだけ出来ない
出来ない事が、苦手な事が人よりも多い気がする
漠然とそう思いながら、頑張る事でカバーするしかないと思い続けて23年を過ごしてきた。
だから、ADHD?嫌だ!無理だ!と思うと同時に、悔しいけれど腑に落ちることが多かった。
やっぱりかっていう安堵と落胆の狭間にどっぷりハマっていた。
現状だけを言うと
今も仕事はなかなか難しい。
私より1年遅く看護師になった子と、同期として入職した。
今、同期は夜勤独り立ちしている。2か月前から独り立ちしている。
私はまだ、先輩についてもらっての夜勤しか出来ない。
現状はなかなか厳しい。
そもそも、看護師免許取れたんやからADHDじゃない
そう言う人もいれば
ADHDの看護師も多い
そう言う人もいる。
紙1枚での診断でしかない
脳の神経伝達が、、、なんて言われてもなぁ
いっそ、レントゲンMRIに写ってほしい。白黒つけて欲しい。
この領域の診断を受けた人はみんな思うであろう事を本気で願った。
今は、自分でもADHDのことを勉強して
どっちでも良いかなと思っている。
ADHDだったら、その特徴を理解した上で支障あるところは、カバーする策を立てたら良いし
いい風に捉えて、生活したら、しょうもない失敗は面白いネタに変えたら良い。
ADHDじゃなかったら、出来ない事は努力するのみ。
医者には、看護師でなく出来る仕事をする選択もあると言われたが
そう言われると、それを理由に辞めたくはないと思い、今に至る。
一度辞めようと思ったけど、結局は諦めきれなかったこの仕事。
楽しい、好き、やりがいもある
などと、一時的であっても確かに感じるようになってきた今日この頃。
やれる事をやるしか無い
やれない事もやってくしか無い
人よりもっと、今までよりもっと、努力するしか無い
この仕事をずっとしていくのだ、していきたいのだ
出来るようになりたい、看護師になりたい
その気持ちを強く持とう。
こんな事をグルグルと考えて、
久方ぶりにアメブロを書きたくなり、
番組スタートと同時に書き始め、ラジオを聴きながら書いた。
2時間のラジオが、そろそろ終わろうとしている。