「じゃあ、お先に失礼。」


「お疲れ様でした。」


職場の先輩が帰り、会社に残ったのは僕だけになった。


時計の針は22時を回った。


最近は上司の転勤で仕事の量が膨大に増えた。


そのお陰で毎日残業三昧、


22時を過ぎても会社にいるのが日課になってしまった。


まぁこれも、こんな僕を雇ってくれた会社に恩返しをする為だ。


そう思って残ってる仕事に手をつけた。


彼、水木悠哉(みずきゆうや)は心臓に重い病気を抱えている・・・


━━━━━ 7年前


高校野球県大会の準決勝、悠哉はマウンドに立っていた。


1年生ながらエースとして、毎年二回戦止まりのチームを引っ張ってきた彼に


「甲子園」という言葉が頭をよぎり始めた試合だった。


この準決勝も悠哉の一人舞台、7回まで被安打2、奪三振10の好投、


チームも相手投手の四球から攻め込み5回にスクイズで先制点を取った。


しかし8回、相手の4番打者が打った打球が悠哉の足を襲った。


マウンドに倒れこむ悠哉にナインが駆け寄り、ベンチからはコールドスプレーを持った


同級生が慌てて飛び出してきた。


激痛だった。


しかしこんな所ですぐそこに迫った甲子園への切符をかけた試合を諦める訳にはいかない。


激痛を堪えながら悠哉はマウンドに立った。


そして試合は大詰め9回裏、ツーアウト、ランナー3塁。


悠哉の疲労と足の痛みはピークに達していた。


目の前も僅かだが霞んできた。


しかしそんな状況にも関わらず悠哉は簡単にツーストライクと追い込んだ。


あと一球。


そして運命の三球目、悠哉のこの日147球目のボールは無情にも真ん中へ入っていく。


「カキーン。」


金属バット独特の打球音が球場に響き渡った。


その打球はもの凄い勢いで悠哉へと向かった行った。


「ドスッ。」


鈍い音が鳴ったその瞬間、打球は悠哉の胸を直撃した。


倒れこむ悠哉、転がるボール、それを追う三塁手、走り出すバッター、


いくつもの光景が重なる球場。


素早くボールを捕球し一塁へ送球した三塁手のボールはバッターランナーより早く


一塁手のミットに収まった。


「アウト!」


一塁塁審の声が球場中に響き渡った。


「・・・勝っ・・・勝ったん・・・だ」


悠哉はその瞬間を見届けると同時に意識を失った。


しかし、チームを勝利に導いたこのプレーは彼の野球人生最後のプレーだった・・・