壱のツボ 「棚は引き算」
弐のツボ 「棚は、自然のリズムを奏でる」
参のツボ 「棚は人なり」
今あなたはどんな棚を使っていますか?家にはさまざまな棚がありますよね。本棚に食器棚。和室にも棚があります。こちらは一風変わった作品。まるで宇宙船のような棚です。モノを片づけるだけではなくモノを魅力的に見せるのもまた棚の役割です。“飾りつつ仕舞う”棚の美学。家具の歴史に詳しい小泉和子さんは言います。
小泉「棚には日本の家具文化の精髄が込められています。それだけにもっと注目されるべきものだと思いますよ。」
まずは棚に秘められた「技」に注目します。こちらは昭和初期の棚作りの名人前田南斉が手がけた飾り棚の傑作。緻密な螺鈿(らでん)細工で四季折々の草花が描かれ豪華さを極めています。同じ前田南斉の作品でも毛色の違う棚もあります。「桐書棚」。華美な装飾は無く桐の木目が美しいシンプルな飾り棚です。先ほどの華やかな棚に比べると桐書棚はおとなしく物足りないように見えます。ところが地味な「桐書棚」にこそ棚の本質が隠されていると小泉さんは言います。
小泉「じゃあこれからちょっと飾ってみましょうね。」
棚は物を飾ったときに初めて真の姿が見えてくるのです。
小泉「棚っていうのはね飾る前はちょっと物足りなく一歩不足に作っておくんです。飾ったときに完成するように。棚だけで完成させてしまうと飾りを乗せたときにくどくなるから。」
伝統工芸士の井上健志さんは棚をはじめたんすや座卓などの和家具を製作しています。飾り棚は一見シンプルな造りですが何よりも難しいと言います。
棚作りのポイントは「柱」にあります。細くて華奢でありつつも重さを支える強さも必要。「ほっそりだけど力持ち」それが理想の柱です。柱を華奢に見せるために脚の部分に反りを作ります。すると女性がハイヒールを履いたように柱が細く見えます。さらにほっそりと見せるために「面取り」を行います。柱の角を1ミリだけ削ります。すると柱に陰影が付き少し細く見えませんか?棚板と柱を組み合わせます。釘を使わない「ほぞ組み」。強度に優れた結合方法です。木目の流れをきれいにつなげます。まるで1本の柱に切れ目がないように見えます。わずかな目の錯覚をも計算しています。
実は「たな」という言葉は雲や霞が“たなびく”という大和言葉が始まり。アシメトリーの棚はたなびく雲が原点なのです。
伝統の違い棚は現代の建築家をも惹きつけています。木原千利さんは違い棚を使い斬新な床の間を手がけています。 違い棚の奥には庭があり水が張られています。庭の池をバックにして棚はまるで樹木から張り出す枝のようです。少し見方を変えると棚が波のようにも見えませんか?
障子を閉じると今度は夜空に浮かぶ雲のようにも見えます。自然の景色を映す棚は見る者の心を和ませます。こちらも木原さんが手がけた床の間。窓を満月に見立て棚は月に掛かる雲のようです。
木原「町の中にはビルがあって高いマンションがありますがほんの少しでも四季を通じて自然の風景が映り込んでくれたらと思います。街中なんだけど心の故郷みたいなものをね・・・」
木原さんは戦時中の生まれ。疎開先で見た豊かな自然の景色は棚作りに投影されていました。
最後は不思議な空間を演出する棚の力を見ていきましょう。この記念館の内部には圧倒的な光景が広がっていました。棚に並ぶのは生前司馬遼太郎が集めた2万冊の蔵書。訪れるとまるで文豪の脳内に入り込んでしまったかのような錯覚に陥ります。
棚を使ってユニークな空間を生み出すデザイナーがいます。長岡勉さん。実は長岡さんのアトリエは球体の棚。お気に入りのものが飾られた空間は居心地が良いといいます。
長岡「人は居心地のいい場所を自分で見つけられますが物にとっても居心地のいい場所を作ってあげたいと思っています。物が魅力的に生き生きと見えるような場所を棚を介して作ってあげたい。そこに自然と人も集まってくるようなそんな空間を棚とセットにデザイン出来れば良いと考えています。」
子どもたちが自然と集まってくるような棚の空間を長岡さんは作りました。アリの巣のような有機的なデザインの棚に地元の伝統工芸品が並びます。ふだんはなじみのない郷土資料と触れ合って欲しいという思いから楽しい空間を演出しました。いま最も注目を集める建築家のひとり中村好文さん。20世紀を代表する建築家ル・コルビュジエが愛した棚について語ります。彼が晩年を過ごした別荘「休暇小屋」の壁から張り出す一枚の板・・・。それこそコルビュジエがたどりついた究極の棚だと中村さんは言います。
中村「自分のお気に入りの物を置く場所があると家がその人の匂い付けのための場所になっているような気がする。人の住まいには精神のための場所というか飾り棚みたいのものが必要なのだと思います。それがないと「巣」に近くなってしまうのではないですかね。「人間の住まい」って感じにならなくなると思う。」
人を人たらしめる棚。あなたはここにどんなものを飾りますか?
出演者
司会
草刈正雄
語り
古野晶子