おはようございます。

4月1日、今日からブログをはじめます。


昔からブログを始めたら
花屋のおじちゃんとおばちゃんの話をしようと決めていました。



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2013年、僕はINAC神戸で監督をしていました。

チームにはたくさんの花が届きます。

チームが優勝した時
選手が代表で活躍したとき
いつもたくさんの花が届きます。

でも届いた花が
そのまま置きっ放しになっていることも多くて

ある時から少しずつ持って帰るようになりました。


マネージャーから

「花は悪い気をすってくれますよ」

と言われたのでクラブハウスの僕の机に
花瓶を買って飾るようになりました。


トレーニングをしていた六甲アイランドに

おじちゃんとおばちゃんがやってた花屋さんがありました。

僕は、オフあけ週のはじめに
花を買って帰るようになりました。

花ってほんとうにすごくて
元気がなくる、枯れるスピードが違うんです。

僕のかわりに
悪い気をすってくれていました。


だから週末にまだ花が元気だと
ちょっと不安になったり

花が元気なくなると
「ありがとう」なんと思っていました。


毎週行っている花屋さんなので
おじちゃん、おばちゃんとも仲良くなって

おじちゃんが

「監督、勝負はやっぱり赤やで!」

と言ってその日から
赤いバラをくれるようになりました。

いつからか料金も
うけとってもらえなくなりました。


毎回バラは申し訳ないので
週のはじめに行って季節の花をもらい
試合前日に赤いバラをもらうようになりました。



1年間、毎週通った花屋さん。


12月の皇后杯の時

準々決勝が終わって
いつものように花屋さんにいって
車にのって帰ろうとしたとき


花がポキっとおれて落ちました。


準決勝に向かう前だったので
よくないなーと思い花屋さんに戻って

おじちゃんはいなかったのですが
おばちゃんに

「花がおれちゃったから、かえてもらえませんか」

おばちゃんは
「それはよくないね」
とかえてくれました。


準決勝、決勝はずっと遠征になってしまい
自分で花をかえられないので
ふだん机にかざってある花瓶を
花屋さんにもっていき
花屋さんでバラを飾ってもらうことになりました。



そして、決勝戦。

2−2で延長戦
PK戦で優勝することができました。


セレモニーがおわりバスに戻り
携帯を確認したら
花屋でお世話になっていた
寺澤さんというおじちゃんから


「花屋のおじちゃんが亡くなりました」


とメールがはいっていました。

体がふるえました。


「おばちゃんから、監督に心配かけたくないからと頼まれて、試合が終わってから報告しました」

とメールがはいっていました。

準々決勝が終わって花屋さんにいって
花がおれちゃったとき
おじちゃんは倒れていました。

でも、おばちゃんは決勝が終わるまでは心配かけたくないとだまってくれていました。


INACで四冠とれたのは
選手・スタッフのがんばりのおかげと
おじちゃんが見守ってくれたからだと思ってます。


すぐに神戸に戻って

おじちゃんに優勝メダルを渡しました。

いまも
おじちゃんが優勝メダル持ってくれています。


準決勝の前から花屋さんにあずけた花瓶も
今も花屋さんにあって
今もずっとおばちゃんが花をかえてくれています。



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大切な試合の前は電話して
「おばちゃん、赤いバラをお願い!!」
と今でも頼んでいます。



おじちゃん、ずっと見守ってくれてありがとう !



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さぁ、これからも
NEVER STOP EXPLORING