217:11.人格の量子論的様式による議論
男女の人格の問題を量子力学類似の形式で議論する。
量子論にならい以下の如く記述する。
M・Ψ=mΨ ・・・(1-1)
F・Ψ=fΨ ・・・(1-2)
但し M:男性的人格、m:男性的人格によって把握される世界観
F:女性的人格、f :女性的人格によって把握される世界観
Ψ:世界そのもの
このm、fの間には不確定性関係が成り立つと仮定する;
Δm・Δf>K ・・・(2)
但し Δm:男性的世界観の認識の不正確さ
Δf :女性的世界観の認識の不正確さ
K :ある定数
式(1-1)、(1-2)、(2)の意味するところは各々次の通りである:
式(1-1)
; 男性的人格(作用素)Mが世界そのものに働きかけて得られる世界観が男性的世界観mである。
式(1-2)
; 女性的人格(作用素)Fが世界そのものに働きかけてえられる世界観が女性的世界観f である。
式(2)
; 男性的世界観と女性的世界観の間に成立すると仮定する不確定性関係。この関係から男性的
世界観が完全に正確に認識された認識の下では
Δm=0
であるから、この不確定性関係が成立すると仮定すると
Δf =∞
女性的世界観は完全に不正確になる。これは男性的世界観が成立した世界観のもとでは女性的
世界観は全く曖昧となり、女性的世界観は消失していることを意味する。同様にして、女性的世界
観が完全に成立した世界観の下では男性的世界観は消失していることになる。
この(2)を今後は陽陰分化論的不確定性関係の仮説と呼ぶことにする。この仮説の下では完全に男
性的人格のもとでは男性的世界観のみが成立し、女性的世界観は消失する。同様に女性的人格のも
とでは女性的世界観のみが成立し、男性的世界観は消滅する。そしてこの二つの世界観はこの仮説
で語られる形で相互に関係している。この仮説では男性的世界観、女性的世界観の両方が全体として
把握される為には男性的人格、女性的人格の両者が必要であることを示している。
以上の様に、量子論的な議論の形式にのっとって考えれば、二種類の人格が存在することが世界を
全体として正しく把握する為にそもそも必要であるという理論的構成が可能になるのである。このような
二種類の人格の必要性が原理的に必要な認識の中で初めて人格における男女両性の存在が可能に
なるのである。
216:10.根本的な課題は陽陰二元的な存在構造を明らかにすることである
性の社会的崩壊・機能不全は少子化を通して人類の滅亡をもたらす。これを解決する根本的な課題は
男性的人格、女性的人格という二種類の人格が存在せざるを得ないという世界の存立構造(陽陰二元的
存在構造)を明らかにすることである。
10-1.外界を認識し行動する、その総体が人格である。
10-2.認識が男女同一ならば、その反応としての行動は基本的には男女同一となる。
10-3.従って、真理が一つであり正しい認識が唯一であるならば男女という二種類の人格はあり得ない。
10-4.では、何故これまで男女二種類の人格が存在し得てきたのか?
10-5.それは身体性である。
10-6.認識が同一でも、実際の行動は自己との関係の中で決定されていく。
10-7.教育が現在の先進国の様に普及・高度化していない状況の下では、男女の身体的性差が
その行動を規定し、認識が同一でも行動の性差となって現れ、男女の人格に性差が生じていた。
10-8.しかし、教育が普及し高度化するにつれ、身体的性差に基づく行動の性差はその教育の過程で
矯正され、正しい認識に基づく男女共通に人間として正しい行動が求められていく。
10-9.結果として、認識と行動は男女で共通化することになり、男女の人格的性差は消失することに
なりつつある。
10-10.人格レベルでの性差の消失は結果として、性の社会的・文化的機能の崩壊を招き、少子化を
必然的にもたらす結果となり、人類の滅亡をもたらすことになる。
10-11.この悪循環を脱する為には人格レベルでの性が存在し得るようにしなければならない。
10-12.その為には、そもそも人格レベルで性が存在し得る為にはどのように考えなければならないか
を問う必要がある。
10-13.繰り返すが、真理が男女共通に一つであり、正しい認識が男女共通に一つであるとすれば、
教育の普及・高度化が進んだ現在の先進国の状況の下では、男女の身体的性差より男女共通
に行われる教育の矯正が遥かに影響し人格に男女差は基本的に生じない。
10-14.従って、人格レベルで男女という二つの人格が存在し得る為の必要条件は真理は一つという
前提を放棄することである。
10-15.それではどのように考えるか?
10-16.参考にすべき考えに20世紀前半に確立した現代物理学の基礎理論である量子力学がある。
量子力学では物理量をオペレーターと考え、実際に観測される観測値と区別して考える。量子
力学を創設した一人であるハイゼンベルクによれば、結果として二種類の物理量の間に不確定性
関係が成立する。量子力学でそのような不確定性関係が生じるのは、位置と運動量、時間と
エネルギーである。
10-17.この不確定性関係が成立するという事実は不確定性原理として知られているが、それは一方
の物理量が正確に把握されると他方の物理量が不確定性関係で規定される形でより不正確
になることを示している。
10-18.従って、不確定性原理は不確定性関係にある二種類の物理量を全体として正確に把握する
為には二種類のオペレーターが必要であることを示している。
10-19.このオペレーターを世界に向かって認識し行動する人格と読み直すと我々の問題に非常に
示唆的であることがわかる。
10-20.そこで、男女の人格の問題を量子力学の類似の形式で議論することにしてみよう。
長くなったので、続きは次回としたい。
215:9.現在の科学・宗教など主な世界観は無性的である
9.現在の科学・宗教など主な世界観は無性的な単なる人格のみが前提となり、人格の二元的存在構造が
明らかではない。これが教育に反映されて半陰陽主義教育となり、半陰陽主義の助長をもたらしている。
9-1.科学は現代を代表する世界観である。科学が前提とするのは科学する人格のみであり、その人格は
無性的である。従って、科学的世界観の中だけでは二元的な人格の存在可能性を議論できない。
9-2.伝統的な世界観の代表は宗教である。幾つかの世界宗教があり、その教義体系は異なるが、いずれ
にしても前提は宗教心をもつ人格であり、その人格は無性的である。従って、宗教的世界観の中だけで
は二元的な人格の存在可能性を議論できない。
9-3.科学的世界観を信望し、宗教的世界観を拒絶する人々がいる。このような人々には二元的人格存在
の可能性はない。
9-4.宗教的世界観を信望し、科学的世界観を否定する少数の人々がいる。このような人々においても、二
元的な人格の存在可能性はない。
9-5.科学と宗教を鋭く対立させず、同時にいずれも信ずる人々がいる。信仰心のある科学者等である。この
場合、二元的人格の存在可能性を議論は可能であるが、単に科学と宗教を並置しているだけではそれ以
上の議論に発展しない。
9-6.科学と宗教を対立させず並置した教育の下では、科学と宗教の各々が男女に対し、同様に教育される
ことになる。従って、そこでは教育を介して男女を同一の人格の鋳型に成型することが必然的であり、半
陰陽主義教育となる。
