明日で5月も終了。今週は、プロデューサーにとって憂鬱な一週間だった。

制作の仕事で、一番気を使うのが、タレントさんに辞めてもらう時だ。番組が終了する時は、立場が一緒だからいいのだが、番組は続くのに、そのタレントだけ辞めさせなければならない時はつらい・・・・・。そのタレントさんに

問題があれば別だが、最近は「経費削減」という理由が多い(泣) まして、

何人かのうち、そのタレントだけを切らなければならない時は言い方が、とても難しい・・・。、

こちらは、いろいろな角度から総合して判断するのだが、当事者にとっては、納得いく理由なんてある訳もない。

結果的に「あなたは必要ない」と言う訳だから、どういう理由を説明しようが、後味の悪さはどうしようもないのだ。

そして、この通告は、辞めてもらうひと月前が慣例だから、あとひと月、多少の気まずさと付き合わなければならない・・・。

 

まあ、皆さんプロだから、最後まで笑顔で仕事は続けてくれるのだが・・・。


17日の日曜日、3ヶ月ぶりにサッカーの試合に出た。見に行ったのではなく、試合に出たのだ。

スコアは1-7で惨敗(泣)or(笑)・・・。

我がチームは、地元の市の3部(そこで最下位争いをしている)に位置している。4部はないので、これ以上落ちる心配はない(笑)

毎年11月末~2月初めまでのリーグ戦と、この時期の市民トーナメントが公式戦だ。リーグ戦と違って、トーナメントは今回の試合のように、1部のチームとも対戦するので、悲惨な結果になることもある。

でも、楽しい!走れないのでチームには迷惑だろうが、引退は自分で判断するのが決まりのチームなので、楽しいうちは続けようと思う。


サッカーは、中学・高校と部活でやった。その頃はW杯の存在も知らなかった。就職して、スキー、野球、テニス、ゴルフとひと通り齧ったけど、やはり一番好きなのはサッカーだった。30代後半、会社でチームを作って、また始めた。折からのJリーグ発足とも重なり、さかんに対外試合を組んだ。


42歳の時、ある市の要請を受けて、その街に「コミュニティ・ラジオ」を作るために出向した。必然的にサッカーからも遠ざかってしまった・・・。

3年半の出向を終え、会社に戻ったとき、空虚感とともに漠然とした不安感に苛まれた。それは大きなイベントを成し遂げた達成感と、まわりに理解されない孤独感とのギャップ。まるで自分が「浦島太郎」に思えてきた。


そんな自分を救ってくれたのもサッカーだった。知人の勧めで、地元のサッカーチームに入れてもらえた。高校を出て以来、地元との関係が希薄だったのだが、会社以外にも人間社会があることを教えられた。

折からの日韓W杯。電話をかけまくり、やっと自力で手にいれたチケットは、神戸ウイングスタジアムでの「スウェーデンVSナイジェリア」

なぜかスウェーデン代表のレプリカユニフォームを買って、少年サッカーチームに入っていた次男とスタジアムへ・・・。当然、スウェーデン人のサポーターと仲良くなり、記念撮影(笑)一時的にスウェーデン人に帰化した親子は、スウェーデン代表FWラーションを必死に応援していた(笑)


2002年6月7日。世界は広い!世の中には楽しいことがまだまだあるんだ!ということを実感した貴重な一日であり、「なにわのラーション」の誕生した日でもあります。

仕事柄、毎年GWは関係がなく、だいたい曜日通り働いている。そろそろ帰省のピークで、伊丹空港まで息子を送って行ったのだが、昼頃ということもあり、空港線もそんなに渋滞はしていなかった。おかげで予定通り出勤できた。

息子は、仙台に住んでいるのだが、正月以来ひさしぶりに帰って来ていた。

車の中の会話は、そんなに盛り上がりもしないのだが、なぜか大学の先輩の就職先の話になり、不況にもかかわらず大手石油会社や、携帯電話会社に決まったそうだ。(理科系の2回生の息子はまだまだ実感がないみたいだが・・・・・)

 

1970年代末に就活を経験した私は、オイルショック後の不況をもろにかぶり、就職留年をしている。私学の文系を卒業したのだが、新聞学を専攻していたので、必然的にマスコミ志望で、一年目の4回生の時は大手新聞社や放送局を受けては、落ちていた。2年目の5回生の時は、そういったマスコミは、願書を出しても書類選考で落ちて、試験も受けられないまま秋を迎えていた。

 

今のように「フリーター」という言葉すらなく、就職できなければ人生の落伍者的に見られていた時代だから、かなり焦っていた気がする。

そんな時ふと大学の就職課をのぞいたのが(正直、藁をもすがる思いで初めてのぞいたのだが・・・。)、今の会社に勤めるきっかけになったのだから、人生は不思議

だ。当時まさか自分がラジオの世界で生きていくなんて、思いもしなかったし、それよりも自分が社会に受け入れてもらえたという安堵感の方が強かった。


そんな自分が今、そのお世話になった会社を退職する準備を始めているのも、何か不思議な気がする。。。