石井筆子さんは、1861年(文久元年)に生まれました。

学校では教えない ~本当の日本の歴史~ 


12歳の時、

父のいる東京へ祖父母とともに上京し、国立の女学校に入学しました。

ここではすべて英語で教育を受け、卒業後も英語塾に通いました。


1880年(明治13年)にオランダ公使の従者という名目で、

オランダ、フランスに2年間留学。

筆子は東京女学校を卒業後、皇后の命によりヨーロッパに留学、

1884年(明治17年)大村出身で同郷の農商務省官吏、

小鹿島果さんと結婚しました。


生まれた3人の娘のうち2人は知的障害があり、

あとの1人は虚弱で出産後ほどなく死亡してしまいました。

1892年には、夫の果さんが35歳の若さで死去してしまいます。


その後、娘を石井亮一さんが主宰する滝乃川学園に預けていた経緯から

学園に経済的・精神的な援助を惜しまないようになります。

その後、園長の亮一さんと再婚。

知的障害者の保護・教育・自立に献身します。


学校では教えない ~本当の日本の歴史~ 


筆子さんは実際に教育現場に立つ一方、

華族出身であったことを生かし皇族、華族、

財界人からの支援を受けることに成功し、

滝乃川学園の発展に貢献しました。