『平成三強』────
平成初期に中央競馬で活躍し、第二次競馬ブームを起こした3頭の馬がいた。
『大井からの刺客』イナリワン、『天才を天才にした馬』スーパークリーク、そして『葦毛の怪物』オグリキャップ。
イナリワン、オグリキャップは地方から中央を制したことで有名。
特にオグリキャップは当時社会現象になった。
『葦毛の馬は走らない』────
この言葉はオグリキャップと『白い稲妻』と呼ばれたタマモクロスによって覆された。
この2頭は同じ葦毛の馬でありながら中央競馬のGⅠを制している圧倒的実力者である。
タマモクロスは平成三強ではないが、度々対戦しているため絡みが多い。
『天才を天才にした馬』スーパークリーク。
彼は脚部不安からデビューが遅れ、クラシックも菊花賞に出れるかどうかではあったが、枠が空いたことで出走できた出来事がある。
そして当時新人の武豊騎手が乗る馬を探していたところ、彼から武豊騎手を指名───所謂逆指名である。
そして天才を背にスーパークリークは菊花賞を勝利。鞍上武豊騎手にGⅠ初勝利をプレゼントした。
その後も長距離を中心に走り続けてGⅠ4勝、付いた二つ名が『高速ステイヤー』。そして逆指名したという逸話が後に『天才を天才にした馬』と呼ばれるようになったのだ。もしこの馬がその男に出会わなければ───
もしその男がこの馬に出会わなければ───
『天才』武豊騎手にとってこの馬は正に特別な1頭だろう。
そしてイナリワンは大井で活躍し、現在は地方GⅠとなっている東京大賞典などの中・長距離を中心に走り続けて25戦12勝(内GⅠ3勝)
主な勝ち鞍は89年天皇賞(春)、春秋グランプリ
最後にオグリキャップだが、今ではクソローテと言われるほど連闘しておりそんな中でも結果を残してきたが、長時間に渡る取材などが原因により成績が下降し大食漢なオグリキャップが飼い葉食いが悪くなった。世間ではオグリは終わった馬と言っていたが、そんな状態にしたのは紛れもなくにわかなファンや報道陣だろう。
そして1990年有馬記念─────
このレース限りで引退を表明していたオグリは鞍上に武豊騎手を乗せた。
武豊騎手自身も『平成三強』全員の背にっていたのでオグリの力を知っていた。
そんな武豊騎手は彼に対して『おい、お前はオグリキャップやぞ?』と言ったところ、オグリキャップは全盛期の時になっていた武者震いを起こし、甦った。
最後の直線、メジロライアンとの激しい叩き合いの末に1着でゴールイン。アナウンサーは興奮のあまり左手を挙げたのに「右手を挙げた武豊」と言ってしまう。
そして彼が引退した後の90年代は激動の時代で更に名馬が出てくることになる。
そんな彼らも今は天国で仲良く走っていることだろう
ちなみにオグリの功績は、クラシックの追加登録料制度導入のきっかけとなったことである。
今でこそ当たり前なのだが、当時はクラシック登録していない馬はクラシックに参戦できないという縛りがあり、そのため地方出身の競走馬は軒並み古馬路線からの出走となっていた。
これが後に改められたことで『世紀末覇王』伝説が幕を開けることになる─────
各馬の性格だが、タマモクロスは簡単にはいえば子供以外にはやベーやつ、イナリワンも馬場入りすると闘争心剥き出しに成る程スイッチがハッキリしていた。
スーパークリークはお坊ちゃんな性格だったらしく、オグリは普段は道端の雑草や寝藁を食べる程の食いしん坊でとことんマイペースだったらしいそして大好物がにんにく味噌だったとか・・・。
締めにこの言葉を言おうと思う。
一体いつから─────
葦毛の馬は走らないと錯覚していた?
次回は『帝王』ことトウカイテイオーを語ろうと思う



