山奥に目も覚めるような美人なんているわけがない。一滴の水もない山中で水を持ってくるなんて不思議だと、理性的に考えられる余裕があれば命が助かり、誘惑に負けてしまったり、渇きに耐えられなくて差し出された水を飲んでしまったら、遭難して帰らぬ人となってしまったのでしょう。


山中で美女に誘惑され、ひどい目にあわされる出来事は、ほんの40年ぐらい前までは実際にあったようです。

山の奇妙な実話を集めた『山怪』(田中康弘著 山と渓谷社)という本には、秋田県北部のとある集落にやってきた商人が、辻に立っていた、それまでに見たこともないくらいの美人に誘われて女の家に行き、一緒に風呂に入ったはずが、気がついたら一人裸で沢に入っていた、という話が載っています。


誘惑された男たちに息を吹きかけて獣に変えてしまうという、泉鏡花の『高野聖』に出てくる山中の妖女も、このような伝説がもとになっていたのかもしれません。