デザイナーとしての原点 | ISBIT DAIKANYAMA

デザイナーとしての原点

 皆様、おひさしぶりです。
Wendineデザイナーの寺島なぎさです。
ISBITに入社し、5年目を迎えます。
5年目を迎えるにあたって、デザイナーとしての過去を振り返ってみました。

 私が入社した当時は、直営店がまだ代官山店の一店舗のみしかなく、私のデスクも代官山店の奥のスペースにありました。
デザイナーというお仕事は、ISBIT入社以前から数社で経験しており、基本的な事は解っているつもりでしたが、ISBITでの取り組みは今までの会社の取り組みとは異なり、デザイナーとしてだけではなく、人間性の部分や、もの作りにおいての原点など、気付けそうで気付けない大切な事を学びました。
 
 私は、小さな頃から洋服が大好きで、高校生の時にはデザイン画を書いたり、リメイクをしたり、手づくりで洋服を作っていたので、「将来はデザイナーになるんだ!」と強く思い、デザイナーという職業に憧れていました。
出身が北海道なので、高校卒業後、札幌の文化服装専門学校に入学し服作りを学びました。
在学中は毎日、デザイン画を描き、学校での課題以外でも服を作り、服を作る事が楽しくて大好きで、私のデザイナーへの憧れは強くなる一方でした。
 その頃インディーズでブランドを作り、洋服が出来上がっては委託でお店に置かせて頂いていました。
 ある日、クラスメイトが私の服を着ている人を発見し、教えてくれたのでその人のもとへ駆けつけ、感動して思わず話しかけてしまいました。自分が作ったものを、喜んで着てくれている人がいる。
その時の喜びは、今の私の原動力となる、大きな出来事でした。

 在学中に当時、大好きだったブランドに就職が決まり上京してきましたが、もちろん初めからデザインをやらせてもらう事はなく、プロとしての服作りの現場に立ち、想い描いていた華やかな世界とは違う、現実の厳しさを目の当たりにしました。

 あんなに大好きだった洋服なのに、「仕事としての洋服」という考え方に悩み、デザイナーというお仕事に挫折をしかけた事もありました。
 しかし、どう悩んだところでやっぱり自分は洋服が好きで、この仕事以外には考えられないのだと再認識し会社を変え、必死にデザイナーへの道のりを辿りました。
 私は、ISBITに入社する前に数社で働いていましたが、会社によって、ターゲットや、スタイル、方針が全然異なり、その会社の本質な部分を理解しないまま、ただお仕事をこなしていました。
 そんな中、いつも展示会に行くと楽しそうで洋服も可愛く、大好きなISBITに入社出来る機会に恵まれました。
入社して間もなく、ひとつの方向に一丸となって取り組むISBITの姿勢が、本来の自分が想い描いていた理想と重なりました。
 憧れていたデザイナーという職業はいつしか私の中で「服をデザインする仕事」になっていて、そこに違和感を感じていました。
ものを作るにあたって、何のために?誰の為につくるのか、それは「お客様」であること。お客様に喜んで頂けるもの作りが、喜びをつくり出す。
この基本的なことに気付かされ、私の原動力となっていた、一番最初のお洋服を着てくれたお客様の笑顔を思い出しました。

 基本的な事はとてもシンプルで、それを気づかせる為に導いてくれるのは、社長や先輩達でした。
いつも、真剣に私たちを見ていてくれて、人間性の部分でも多くを学びました。
本当に感謝しております。

 日々、悩み苦しい事や、時には失敗し、悔しく想う事ももちろんあります。
問題をクリアしていけば、成功に繋がり、成長していく。
まだまだ私も、デザイナーとして学ぶべきことは山ほどあり、より魅力的なものをつくり出していく為に勉強の毎日です。

 Wendineは、まわりの方々とお客様の支えがあってこその存在だと思っています。いつも感謝の気持ちを忘れずに、皆様から頂くパワーを倍にして返していけるようなパワフルなデザイナーを目指していきたいと思います。