夜中に、住み慣れた町を車でちょいと走ってみたくなった。
まったくもってして、エコじゃない。

近いか遠いか解らない所で鳴いている猫。
隣の家の網戸越しから薄ら漏れるスタンドライトの光。
久しぶりに降った雨に少し濡れた、暗くとも余裕で歩くことができる、何十年も行き来した田んぼ沿いの細い道。
横たわる、蝉の最後。
無音な空間がうるさくさえ感じる、静まり返った雲間の月夜。

走りたい。

駐車場まで素足にスニーカーでヘタヘタと歩き、そして、雨粒で濡れた妖しく光る愛車のボンネットに触れた。

ドアを開けて、スターターを回し、そんな遠くまでは行かないつもりでアクセルを踏んだ。

今夜は色々と、昔のコトを思い出す。

郵便局を右折し、同級生の実家だらけの商店街を通り、踏み切りを渡ってまた右折。山の方へ向かう。

その間、10代の頃に勇気がなくて出来なかったことが、次から次ぎに、
出てこなくてもいいのに、、
半ば無意識の内に脳裏に溢れ出ていた。しかも、流れる風景に溶け込ませる、なんて、凝った演出もしながら。

思い出した、、出来なかったコト。

「ソレ」
と、表記しよう。まぁ、単に思春期のせいにすれば、いとも簡単に言い訳が成立する様な、誰しもが経験したであろうコトなのだが。。

「ソレ」は、ニキビっ面全開の、隠れタバコがお似合いの小心者には乗り越え様のない行為だった。
しかし、勇気を出して「ソレ」を成功させた、そういう友達は確かにいた。

私は、、。

ただ冷やかし、
伝えたいコトの反対を熱弁し、
しょぼつきながら家路に着く側だった。
「ソレ」さえ出来ていれば、
私の思春期もコソコソしなくて済んだのかもしれない。

自転車で走り回っていた道を、今はこうして大人になった象徴ともいえる車で、補導される心配もなく風を切っている。


「ソレ」を伝えたかった相手。
今はどうしてるかな。
やはり、もう年が年だし、ママやっとるんやろなぁ。



しがない独り言がボロボロと、締まりのない口からこぼれ落ちてくる。



この町の風は、
あの頃と何ら変わらない。

こんな夜を迎えてしまうそもそもの原因は、ただただ私が、あの頃に引っ掛けたままの指を、この年になっても振り解けないでいる、
ただそれだけなのかもしれない。



川沿いをゆっくり走り、窓を開けてタバコに火を付けた。気持ちを落ち着かせると、後悔の念より懐かしさが勝り出した。
よし。そろそろ帰るか。

あの頃の流行り歌を夜風に溶かしながら、自転車で走り回っていた頃の自分を、私は車で追い越していった。。




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今日は朝からばあちゃんと仏間のお手入れ&掃除に勤しんだ。明日か明後日に、

おじゅっさん

そう、おじゅっさん。
が来宅し、ありがたぁいお言葉を唱えてくれる。

おじゅっさん。
多分、
お住職さん
の、スラングだと思うが、
県外の友人に自然に話すと必ずストップがかかる単語である。とにかくまぁ、じぃさまからとうさまへ、とうさまから、子供へと受け継がれる言葉なので、私はずっとおじゅっさんと言いたい。

田舎のおじゅっさんは、基本ずっと変わらない。
私の家に来られるおじゅっさんも、私が幼少の頃から変わらない方で、来られる度、

大きくなったなぁ。

と、柔らかく、温かい眼差しで話してくださる。
30越えた男に対して
大きくなったなぁもないのだが、その言葉が聞きたくて、足の痺れを我慢して正座しながらお経を拝聴する所もあるのは確か。やはり、神事は心が清々しい気持ちになる。
明日はばあちゃんとお団子作り。
何個つまみ食いしようかな。

黄粉がうまいんだよなぁ。。

死んだじいちゃんが怒りそうだ。。



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台風9号が現れ、
10号がまた上陸した一週間。
の、
ほんの数時間だけ見れた
コバルトブルーの沖縄

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