主人の命日になりました
亡くなったのはもう20年前![]()
当時まだ20代だった私ももうアラフィフ
そんなに時間が経過したんだね…
振り返ってみると
主人が亡くなって
私を取り巻く人間関係が
ガラッと変わって
義母からも自分の母からも
殺人者扱いされたり
遺産目当ての友達ヅラした人が
近寄ってきたりして
誰も何も信じられなくなって
主人じゃなくて変わりに私が
いなくなった方が良かったのかなとか
主人のこと絶対に忘れないとか
もう誰も愛さないとか
頑なに思ってました
仕事も辞めて引きこもって
同じ職場だったし倒れた場所だったから
行けなくなってしまった
でもどうやっても私は生きてるから
エネルギー(食べる)は必要で
食材を買いに行くと
何気ない家族の姿を見て
あるはずだった未来が
何で私だけ無くなったんだろうと
1人で勝手に傷ついて
ますます家に閉じこもって![]()
考えないように
ひたすら本を読んでました
そのうちお金も底が見えてきて
生きているから仕方なく
生活するために働きに出て
主人がいないのに
何のために私は生きているんだろうって
思っては何度も泣いて
そのうち
だんだんと考えるのをやめて
単純な毎日を繰り返すこと約15年
出口が見えない
長い長い暗いトンネルを
歩いていたような感じでした
そして病気になって
起き上がるどころか
水を飲むのもままならなくなったのに
それでも私はまだ生きていて
何度も自分の人生を悲観しました
でももうそろそろ自分で自分を
縛るのをやめようと思い直して
出会いを求めて迷走して
主人が残してくれて
ずっと私に寄り添ってくれてた
ワンコ
も天寿を全うして
本当に1人になって
紆余曲折して
今の彼に落ち着いたけど
心のどこかに
主人に対し申し訳ないとか
思ってしまうこともあるし
逆に彼にも主人のことを
考えてしまうことを
申し訳ないと思うこともあります
永遠に変わらないものは無いし
まして人の心は移ろうもの
もう20年も経つし
そろそろ一区切りしようと
昨日お墓参りに行って
そう感じました
歳を重ねてお墓参りの山登りは
体力的にキツくなってきたし![]()
熊だって出るし
今年は初めて彼が一緒に
お墓参りしてくれたのが
気持ちとしては
更に後押しになったかもしれません
主人のお墓参りに行くことは
なんとなく彼に対して
やはりどこか申し訳なくて
これまでは1人で来てたけど
思い切って彼に言ってみたら
「いいよ。行くよ。」と即答で
もしかしたら本当は気乗りしないのに
私を気遣ってなのかもしれないけど
車出そうか?とまで言ってくれました
でも修理中で車なかった
彼も主人に挨拶してくれたのかなと
勝手に思ってます![]()
お墓参りを終えて
下山し始めたら
空が急に曇り出して
雨がポツポツ
雨予報なんてなかったし
周りは青空なのに
電車に乗ってもその後しばらく
雨に追いかけられました
お墓参りに行ったこと喜んでたのか
あるいは嫉妬したのか
それとも浄化なのか…
何か意味がありそうな雨でした
20年って
子供が成人する年月ですよね
主人が亡くなって
その時に止まってしまった
一緒に死んでしまった
私の心も
ちゃんと成長して
大人にならないとなと思います
主人にはもちろん感謝しているし
大好きで大切だけど
時間薬というのもあって
大分思い出に変わってきたように思います
長い悲しみのトンネルにいて
その時は永遠に光が見えることは無いと
ずっと思っていたけれど
いつのまにか出口に来ていたようです
止まない雨も無いし
明けない夜も無い
私は私の人生にちゃんと向き合って
残りの人生を生きようと
改めて思いました



