父が7日(水)に亡くなり、8日(木)に通夜9日(金)に葬儀を終えました。
母が亡くなってからの父はほんとに寂しそうで・・・
母の闘病中は母の事で喧嘩ばかりしていた私ですが、母がいなくなった事で父と喧嘩をする理由がなくなり、
どんなに自分の体調が悪くても心配で毎日父の様子を見に行っていました。
2日に一度は一緒に買い物に出かけ、亡くなる5日前にも確定申告をした後いきつけの散髪屋さんに行きさっぱりしたばかりでした。
亡くなる前日の夕方は少し喘息が出ていたのですがいつもこの時期は出るので薬もあるし大丈夫だと言っていて・・・・
母の話を一緒にしながら普通に晩酌もして食欲もありました。
夜中にトイレに何度も起きるのでトイレに行く途中で喘息が出てはいけないと思い、用心のためにその日初めて父の布団の横に母が使っていたポータブルトイレを置いて帰りました。
7日の朝、実家に迎えに行くといつも時間通りに外で待っている父が見えません。
それどころか門も開いておらず新聞も取っていないし玄関の鍵もかかったまま・・・・
「絶対おかしい!」と嫌な予感がして慌てて鍵を開け中に入りました。
そこにはポーテブルトイレに座って冷たくなっている父の姿がありました・・・・・・
出血も傷もなく寝ているかのような穏やかな顔の父の姿が・・・・
でも、とても手足が冷たいんです・・・・お腹は温かいのに脈がもうありませんでした。
気が動転して狂いそうになった私は隣のおばちゃんの所に駆け込みました。
昔、看護師さんをしていたおばちゃんは父の姿を見てまずかかりつけの先生に電話をしてくれました。
私はその間に兄と息子に電話をし、5分程で先生が来てくれました。
もう硬直が始まっていて手の施しようがなく・・・・・・先生の指示で救急車を呼びました。
救急の方に色々聞かれ、先生も来て下さったのですが24時間以内に診察していないと死亡診断書は書けないらしく、救急の方が今度は警察を呼びました。5、6人の方が来ました。
自宅で亡くなった時には事件性がないか警察の方が来られるのは知ってはいたのですが・・・・
色々別室で長い時間聞かれるのが、ほんとにほんとに辛かったです。。。。。
父の通帳や財布から所持金を出しカメラで撮っていました。。。
2時間くらいこれまでの事を聞かれたかと思います。もうほんとに辛かった。。。
途中で一旦帰ったかかりつけの先生もまた来て下さり心臓死と診断されました。
死亡診断書ではなく死亡検案書を書いて頂きました。
全て終わると警察の方が座ったまま硬直していた父を布団に寝かせてくれました。
でも、裸のままで・・・・
父が可哀そうでしたので兄と息子と一緒にできる範囲で服を着せてあげました。
横になっている父はただ眠っていて今にも目を開けそうでした・・・・
とても穏やかで安堵した顔で・・・・
父は誰にも迷惑をかけずにひっそりと早く母の所に行きたいと言っていました・・・・・
本当に一人で私がいない時に逝ってしまいました・・・・・
寂しい父の姿を見ているのが私も辛かったですが、もう少し生きていて欲しかった・・・・
でも父は自分の思う亡くなり方で母が待っている所に行けたのだからこれでよかったんだと思い込ませています。
高校の同級生でそれからずっと一緒だった父と母・・・・・
2人とも81歳と2ヶ月で逝ってしまいました・・・・
最期まで一緒でした・・・・
ブログを最後にしますとご挨拶しておきながら・・・・
父と母はいつまでも繋がっているので、今回また記事にしました。
現在、闘病されていらっしゃる方、またそのご家族様が穏やかな日々をお過ごしできます様に陰ながら応援しております。
私も体調と相談しながら悔いのない人生を過ごしていきたいと思います。
最後までお読み頂きありがとうございました。

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