1月31日(火)に無事22クール目のテモダールを飲み終えた母。
その時の様子などをブログに書き残そうと思っていた矢先の2月1日(水)の早朝に職場の園長先生からTEL。
園長先生のお父様が亡くなられたと・・・
しばらく園を留守にするからよろしくねとお達しがあり、それからがバタバタな毎日を送っておりました。
お父様はここ数年何度も危篤状態から回復され強靭な生命力を持たれた方でした。
今回も大丈夫かも・・・とおっしゃっていた最中の知らせでした。
園長先生は気丈な方なので涙は見せられませんがどんなにお辛かったでしょう。。。
上司3人がいらっしゃらないので保育園で事故など絶対ない様にと気を張り詰めながら合間に報告・相談を・・・大変な時とは承知の上で・・・
この一週間の間に年長さんの陶器づくりや節分、保育参観と行事がきっしり入っていて園長先生のOKがでないと進められない事もあり心苦しい中で連絡をしてました。
そして職員の御香典やお花の手配なども同時に進め、1日(水)がご自宅での仮通夜2日(木)がお通夜、3日(金)がお葬式でした。
小さいお子さんがいる先生以外は皆でお通夜に行ってきました。
お父様は穏やかなお顔をされていました。。。心よりご冥福をお祈り致します。。。
お通夜の時、母もいずれは・・・・と思ってしまい、急に恐怖で胸が苦しくなり過呼吸気味なってしまいました。別れは辛いです。。。覚悟を決めているつもりでも、心の準備ができる時間があってもそんなのその時になったら覚悟も心の準備もきっと吹っ飛んでしまうんだろうなと思いました。
でもやれるだけやったという自分への慰めは残るのかもしれない・・・・。
いつの日かこの憎い膠芽腫という病気が完治できる事を祈るだけです。
無事、行事も終わりホッとした途端、頭痛とめまいが激しいここ数日です(-_-;)
母は・・・と言いますとテモダール中も便秘にならずその後も変わらず元気に過ごしています。
歯ぐきからの出血が何度かあり、相変わらず父への攻撃が時々。。。今は父もだいぶ流せるというか仕方がないと受け入れた様子です。
右半身の動きがやはり悪くなっているのでご飯も小さくおにぎりにして食べやすいようにしてます。これまではあえてそのままで箸を使う事でリハビリになるかもと思っていましたがもうその段階は過ぎたと感じてます。
そして夜中のせっせと通っていたトイレ合戦で一度右足が動かず間に合わなくておもらしをしてしまい・・・。
その時以来夜は念のためリハビリパンツで寝る事にしました。最近はポータブルにしてます。
こうしてだんだん歩く事も難しくなるのは辛いですが、母が苦痛や不快な思いをするより気持ちよく過ごせる様に支えていこうと考えてます。
でも、ほんとに母は頑張ってきた、そして今も頑張っていると思います。
2月9日(木)で発症がわかって丸2年経ち、3年目に突入です。
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