刑事事件で執刀医の有罪判決が確定し、約1か月が経過しました。母の医療事故からは6年3か月余りが経過し、民事訴訟と刑事裁判の両方が終結したことで訴訟に費やす時間的負担からは解放されましたが、生涯にわたる後遺障害を負った母の胸のうちを想像すると筆舌に尽くしがたい負の感情に襲われることもあります。

 

禁錮1年、執行猶予3年という刑事罰については正直複雑な思いもありますが、判決文には母の処罰感情に理解を示してくださる記載もあり、その部分を読んだ母本人も気持ちが救われたと話していたため私自身大変安堵いたしました。

 

《判決要旨より》

 被害者は、もともと自らの足で歩くことが可能であったが、被告人に手術を勧められ、悩んでいた腰痛から解放されることを期待し、被告人を信用して自らの身を委ねたにもかかわらず、被告人のずさんな手術により上記障害を負わされたのであり、被害者の処罰感情が峻烈であることは当然である。

 被告人は、公判廷において、本件事故の発生原因につき、一部〇〇医師(科長)に責任転嫁をするかのような発言もしており、自身の過失の結果として被害者に多大な苦痛を与えているという現実に真摯に向き合えているのかについて、疑問なしとはいえない態度をとっている。

 これらの点からすれば、被告人の刑事責任は決して軽視できるものではないのであって、本件事故時に上記過失の他の非違行為がなかったにしても、本件が、罰金刑の選択を相当とする程度にとどまる事案であるとは到底いえない。

 

民事訴訟では科長の証人申請を裁判所に認めていただけなかったことで、原告側の主張がはっきりと認定されなかった部分も所々ありましたが、刑事裁判では検察側の証人として科長が事実を証言してくださり、その内容が裁判でも認められ、判決文にも十分に反映されていたように思います。

 

 

以下は、2月18日の公判で私が陳述させていただいた心情に関する意見書です。

 

********

 

心情に関する意見書

 

 

第1  はじめに
 私は、本件の被害者である〇〇〇〇(母)の長女です。2020年1月22日、母の手術で悲惨な医療事故が発生してから6年余りが経過しました。事故直後から私たち家族の時計は止まったままです。前へ進みたくても進めず、だからといって手術前に時間を巻き戻すこともできません。

第2  奪われた平穏な日々
 本件の医療事故に遭うまで、私たち家族は自然豊かな山の上で小さな幸せを感じながら暮らしていました。母は誰よりも早起きで、朝日の当たるリビングで珈琲を飲みながら小説を読んだり、犬たちが走り回るのを眺めたり、家族と会話することを楽しんでいました。母と私には温泉旅行やグルメ巡り、ライブ鑑賞という共通の趣味があり、ほぼ毎日一緒に出かけていたため、周りの人から、「仲の良い姉妹みたいやね」と言われることも多かったです。しかし、そんな日々は、被告人の手によって一瞬にして奪われました。

第3  急ぐ必要のなかった手術
 本件の手術が行われたのは、被告人から手術をした方が良いと言われてから、わずか5日後でした。後で分かったことですが、実際にはそこまで急がなければならない手術ではありませんでした。被告人の説明で、早くしないと人工透析になるかも知れない、という不安と焦りに駆られたことと、「よくある簡単な手術です」とか「帰るころにはスタスタ歩けるようになっています」という自信に満ちた被告人の言葉を聞いて、母と私は、被告人を信じて手術をお願いすることに決めたのです。
 入院当日の朝、母は急に「手術したくない」と言いました。しかし、私は、既に手術の段取りをしていただいているのに申し訳ない、という気持ちから、半ば強引に母を説得して入院させてしまいました。本件の医療事故から6年余り、この朝のことを思い出さなかった日はありません。母に手術を勧めてしまったことは、悔やんでも悔やみきれず、一生後悔の念が消えることはないと思います。

第4  余りにも稚拙な手術
 当初、私は、本件は最善が尽くされた結果の過ちだと思っていました。被告人の脳外科医としての将来を考えたとき、事故が公になってしまうのは不憫だと思っていました。しかし、手術動画を見て、そんな思いは無くなりました。手術動画には、血の海の中に、何処を削っているのかもわからない状態でドリルが突っ込まれている様子が映っていました。目を閉じて骨を削っているのと変わらない、余りにも酷いと思いました。素人目に見ても、あれでは神経切断事故が起きて当たり前だと思います。被告人に安全に手術ができる技術があったとは思えません。あんなに自信満々に「よくある簡単な手術です」と説明をしていたのにです。人の身体にメスを入れることを軽視していなければ、上手くいかなくても、失敗しても構わないと思っていなければ、あんな乱暴なことはできないと思います。母は、被告人の手術の実験台にされたとしか思えません。それだけでも本当に許せません。

第5 被告人の反省が感じられない言動
 それにもかかわらず、本件の事故後の被告人の言動は、誠実とはかけ離れたものでした。言葉での謝罪はあったものの、心からの反省は全く感じられませんでした。
 例えば、事故から2か月が経過したころ、被告人は、死に物狂いでリハビリを頑張っている母に対して、突如「一生車椅子です」と言い放ち、絶望の淵に突き落としました。また、被告人は、手術後母をろくに診察することもせず、「回復不能は手術とは関係ない」とか「痛みは手術によるものではない」といった、自分の責任を否定するかのような無責任な発言を繰り返すようになりました。被告人自らが提案した面談の約束を何度も反故にされたりもしました。とても自分が本件の医療事故を起こしたことを反省している言動には思えませんでした。
 2021年8月に、本件についての民事訴訟を提起しました。かなり悩みましたが、病院で、被告人が関与した重大な医療事故が複数発生したにもかかわらず、正式な検証もされず、再発防止策の説明もされなかったので、このまま示談をすれば、本件を含めすべてが無かったことにされてしまうかも知れないと思い、訴訟提起することにしたのです。また、医療従事者から「示談せずに事故を公にしてほしい。一番に立ってほしい。〇〇さん(母)が生きていてくれるから示談や和解の話になるんです。でも、亡くなった人は何もできないんです。こんな事になって本当に悔しい。〇〇先生(被告人)を野放しにしてはいけない。刑事告訴してください」といった、切実な要望があったことも訴訟提起を決断した大きな理由です。
 被告人は、民事訴訟でも、〇〇先生(科長)に事故の責任を押しつけるような主張や、辻褄の合わない主張を繰り返し、母や私が言ってもいないことを言ったと主張するなど、多くの嘘をつき、母の身体のみならず、心まで何度も何度も傷つけました。提訴から2年余りが経過したころ、裁判所から和解の勧試がありましたが、被告人の不誠実な訴訟態度からは、反省のかけらも感じられなかったため、和解には至りませんでした。

第6  母の後遺障害について
 手術後、被告人は母に対して「歩けるようになりますからね」と声をかけていました。私にも神経が切断されたとは断言せず、リハビリで回復する見込がある、という説明をしていました。しかし、それは嘘でした。
 本件の医療過誤により、母は身体の自由だけではなく、人としての尊厳まで奪われました。
 母は、手術直後から自力での起立や歩行ができなくなりました。排尿や排便がコントロールできない膀胱直腸障害も生じました。特に膀胱直腸障害は、母の自尊心を深く傷つけました。生涯おむつの使用を強いられることになったのですが、足が麻痺しているため、自分でおむつを交換することができません。また、肛門括約筋の機能が失われているため、便失禁をしても臭いがするまで気づくこともできません。自宅で介護をしていた際、母はおむつ交換のたびに、「惨めやわ。せめて自分で交換できたらいいんやけど。面倒かけてごめんな」と申し訳なさそうに言いました。どれほどの屈辱に耐えているのか、今でも母の気持ちを想像するだけで胸が張り裂けそうになります。
 また、馬尾神経が切断されていることで、腰部から両下肢にかけての強い疼痛と痺れが今も続いています。神経障害性疼痛は生涯続く可能性が高く、根本的な治療方法は無いと聞いています。事故から6年余りが経過した今でも、耐えがたい痛みが走ることがあります。そんなとき、母は顔を歪めながら「こんな身体になるんやったら殺された方がましやったわ」とか「安楽死できる方法ないかなあ」と言います。「生き地獄」としか表現のしようがないのです。

第7  起訴から現在に至るまで
 母は、二度と自分のような被害者を生んで欲しくないという思いから、被告人を刑事告訴しました。被告人は2024年12月27日に起訴されましたが、刑事告訴から現在に至るまで、被告人から改めての謝罪の申出などは一度もありません。
 被告人は、起訴直後からXにアカウントを開設し、自ら「脳外科医 竹田くんのモデル」を名乗り、2万人以上のフォロワーを集めました。アカウントの説明文には、被告人の実名や〇〇先生(科長)のフルネーム、病院名などが表示されています。2025年1月6日の「無敵の人になったし、ガーシー的に暴露していきますかね」という投稿の直後から、被告人が起こした一連の医療事故について、事実と異なる内容を発信したり、「脳外科医竹田くんがバズって私が起訴された」と投稿し、まるで被害者家族が描いた漫画が原因で起訴されたという主張をしたり、〇〇先生(科長)や私たち家族に対して、侮辱的、攻撃的な投稿を繰り返し行っています。そればかりか、被害者側を一方的に責め立て、誹謗中傷を繰り返すアカウントの投稿に感謝の気持ちを綴るなど、神経を逆なでするような行為を1年以上にわたって延々と続けています。民事訴訟の判決後には、判決文の都合の良い部分だけを引用して、まるで原告が敗訴したかのように見える発信も行ないました。その投稿は後日削除されましたが、被告人の身勝手で無神経な投稿によって誤解が生じ、それによってさらなる誹謗中傷を受けることとなり、母も私も、大きな精神的苦痛を感じています。
 私には、被告人が自分の責任と向き合わず、Xを用いて、被害者家族のせいで社会的制裁を受けているという構図を作ろうとしているとしか思えません。被告人は、民事訴訟でも漫画によって社会的制裁を受けているとして、慰謝料の減額を主張しましたが、判決では「医療事故により原告らが受けた損害を検討するにおいて関連がある事実とみることはできない」として退けられました。
 また、2025年3月5日に漫画作者である家族が原告となって、被告人に対して起こした債務不存在確認訴訟の中で、被告人は、本件の医療事故について、「過失は無く、医療過誤ではない」と主張しています。心から反省しているのであれば、こんな無責任な主張はできないと思います。

第8  被告人質問での発言を聞いて
 被告人は、今回の裁判で業務上過失傷害罪の成立を認め、表面上は反省の言葉を述べました。しかし、被告人質問では、母と私が明確に記憶している事実とは異なる明らかな嘘を平気で繰り返しました。特に、毎日母を診察しに行っていたという話は完全に嘘です。事故が原因で、両下肢に耐え難い痛みが長時間続き、被告人に指示を仰ぐために病棟の看護師さんと一緒に被告人を探し回ったことが何度もありました。勤務時間中にもかかわらず、院内用PHSが繋がらなかったため、やむを得ず、被告人の個人の携帯電話にかけていただいた際、「もう帰宅途中なので、明日でもいいですか」とか「今は対応できない」などと言われたこともありました。痛みに耐えるしかない母がどれほど苦しい思いをしてきたか、その痛みに耐え続ける母を見守ることしかできない私たち家族がどれほどやるせない思いをしてきたか、被告人は、これまでに一度でも想像したことがあるでしょうか。被告人は、母のことを1日も忘れたことはないと言いましたが、私には被告人の言葉が口先だけの薄っぺらいものにしか感じませんでした。
 事故が起きた原因についても自分に責任があると言いながら、〇〇先生(科長)へ責任転嫁したり、自己弁護に終始する被告人の態度に、今までに経験したことのないような強い憤りを感じました。被告人は、母の主治医を外れてから一度も母の病室を訪れたことはありません。また、母に直接謝罪したいという申出などもありませんでした。事故の後、〇〇先生(科長)は、母をほとんど診察しなくなった被告人に代わって、3年以上にわたって主治医を務めてくださいました。〇〇先生(科長)からは、「私も〇〇先生(被告人)と同罪です。本当に申し訳ない」と何度も謝罪がありました。強烈な痛みが続いていた時期のことですが、〇〇先生(科長)は、どうにかして疼痛コントロールができないものかと右往左往し、謝罪の言葉を延べながら、5時間以上にもわたって痛みに悶える母を励まし続けてくださいました。母は、〇〇先生(科長)に対して複雑な思いがありつつも、心から反省して、自分に寄り添ってくださったという感謝の気持ちもあり、刑事告訴しないと決断したそうです。もし、被告人も、〇〇先生(科長)と同じぐらい母に寄り添ってくださったならば、母の処罰感情は、ここまで強いものにならなかったかもしれません。
 1年以上にもおよぶ公判前整理手続を経てようやく迎えた公判でしたが、被告人は、弁護側が同意している第三者の医師の供述調書すらまともに読んでいないのではないかと感じました。また、被害者本人である母の供述調書の内容まで否定したり、およそ罪を認めている被告人のものとは思えない他責的な発言や自己弁護の繰り返し、平気で嘘を並べ立てる供述態度には絶望しました。  
 
第9  最後に
 母は、被告人の杜撰な手術が原因で生涯自分の足で歩くことができなくなり、生涯おむつを使用しなければ生活できない身体になりました。また、いつ襲ってくるのか分からない痛みに四六時中怯えながら生涯暮らさなければいけません。そして、私は、そんな母の苦しむ姿を見守ることしかできず、母に手術を勧めてしまった罪悪感と後悔に苛まれながら生きていくしかないのです。
 被告人の手術による被害者は母ひとりではありません。被告人には、母と同じように重い後遺障害に苦しんだ末にお亡くなりになった被害者が複数存在していることを絶対に忘れてほしくありません。
 私は、大切な母の身体の自由を奪っただけではなく、心まで深く傷つけた被告人を生涯赦すことはできません。二度と母のような悲惨な被害者を生むことのないよう、被害者とその家族の気持ちがわずかでも救われますよう、法律で許される最大限の刑罰を被告人に与えていただけますよう、強く求めます。

以上

 

********

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。